青白い顔で帰ってくる様子を見るのも、苦しそうな顔に向かって「今日は行けるの、行けないの?」と聞くのも、学校に欠席の電話をするたびに「またですか?」という雰囲気を感じるのも、とてもつらいことでした。でも、親以上につらいのは、打ち込んでいた受験勉強ができなくなって焦りを感じている本人です。

 夏休みを前に、私たちは気持ちを切り替えました。「目的地はどこなのか? いま歩いている道が行き止まりなのであれば、他にどんな道があるのか?」。選択肢を思いつく限り書き出し、感情を抜きにして親子で話し合いました。もちろん、正解なんてわかりません。でも、ここに留まっていれば体調が悪化するだけです。

 結局、長男はオンラインの通信制高校に移るという道を選び、そこで残りの単位を取得して受験に臨みました。

同調圧力と理不尽な校則と…

 3歳下の次男は勉強などしたことがなく、自由奔放でいつも友だちに囲まれているタイプ。ごく一般的な都立高校に通いながら、学校外のボランティアで個性的な大人たちと関わることも楽しんでいました。けれども、社会への視野が広がるにつれて、学校という同調圧力がのしかかる狭い世界で周囲と足並みを揃えたり、理不尽な校則に従わなければならなかったりすることが息苦しくなってしまったようです。

 高校2年生の秋には、学校へ行っても校門をくぐれずに回れ右してしまったり、電車のなかでおなかが痛くなって途中下車したり、気づいたら涙が流れていたり……と、適応障害のような症状を示すようになってしまいました。

 幼いころからいつも笑っていた次男の暗い顔を見るのは、もちろん不安でした。でも、心のエネルギーが急降下しているときに親の不安をぶつけても、事態が好転するとは思えません。私は“何もしないこと”に徹していました。

 数ヶ月後、「ここにい続けるのは時間がもったいない」と言って中退を決断した次男は、かつての「大検」にあたる「高等学校卒業程度認定試験(高卒認定)」を受験。学歴としては「中卒」になりますが、大学受験やさまざまな国家試験へのパスポートを手に入れました。

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