中学生のときに「学校に行けない」自分に絶望し、親に申し訳ない気持ちでいっぱいだったという不登校ジャーナリストの石井しこうさん。その後、「不登校の私が、どうしたら生きていけるのか」をテーマに、同じように不登校になった人や保護者など、400人以上に取材をしてきました。「不登校で揺れる気持ちをどうすれば……」と悩む石井さんに、玄侑宗久さんがかけた言葉とは――。石井さんの著書「学校に行かなかった僕が、あのころの自分に今なら言えること」(大和書房)から紹介します。
【マンガ】「学校を休ませる不安」など、長男の不登校を経験した今じんこさんの作品はこちら(全38枚)親の期待に応えられない、不登校である自分に「絶望」しています
私が不登校になったのは中学2年生のとき。学校で苦しかったのだから行けなくなって当然だ、なんて思えませんでした。「行けない」にまで至ってしまった自分にはもう先がないと「絶望」していたのです。
家族、とくに親には申し訳ない気持ちでいっぱいでした。勉強や将来について期待してくれていたのに裏切ってしまった。「親なんて関係ない、自分は自分でいいんだ」と思えればラクなのですが、親への思いも捨てられない。親の期待に応えたいのか、親の期待を捨てたいのか自分でもわからず、揺らぐ自分に混乱していました。
不登校の私はどうすればいいのか。
その答えを知りたくて10年以上、取材を続けていました。玄侑宗久(げんゆうそうきゅう)さんという作家のお坊さんにあった際、胸に突き刺さる答えをもらったのでお伝えします。
玄侑さんに「不登校で揺れる気持ちをどうすれば……」と聞いたところ、「みなさんは変わらないことを大事にしすぎているんじゃないでしょうか。何かを経験すれば『人生とはこういうものだ』と確信を持とうとする。揺らがない、ブレない、それがあかんのです。頑丈(がんじょう)そうに見えて免震構造を持ち合わせていない。現実は、つねに新しい局面を迎えます。
『今』を見て、感じて、あわせていく。揺らぐことが自然だと思っていれば、もっと楽になれるはずです」
揺らいでいいという言葉は、どんな自分でもいいんだというメッセージだとも読み解けます。この取材で、霧が晴れたような気持ちになったのをよく覚えています。
だからあなたも、家族のこと、学校のこと、人間関係のことで悩んでもいいんです。中途半端になっても、揺らいでもいいんです。
石井しこう

