子ども向けイベントなどで引っ張りだこのお笑い芸人、小島よしおさん。現在は子ども向けライブや、農業支援に力を入れ「野菜-1グランプリ」という賞レースも主催。「一発屋」と言われた時代から、現在の活躍まではどのような道のりがあったのでしょうか。子育て・教育情報誌「AERAwithKids 2024年冬号」(朝日新聞出版)で花まる学習会代表 高濱正伸先生がホストになって対談を行う連載「もっと花まるTALK」から紹介します。※前編<小島よしおが考える「運」を引き寄せる秘訣とは? 「手ごたえを感じたのが、子どもと農業だった」>から続く

お笑いと子どもと農業。 いろいろ試した結果 たどりついた僕の居場所

小島 今年から「野菜―1グランプリ」という賞レースも自分が主催で始めました。野菜をネタにしたお笑いで競い合ってもらうんです。ありがたいことに参加者も審査員もそうそうたるメンバーが集まってくれました。これからも続けていこうと思っています。

「野菜-1グランプリ」の様子

高濱 教育とお笑い、農業とお笑い、素晴らしい着眼点だと思います。小島さんが、なにゆえにこんなふうにできあがったのかを聞きたいなあ。小さいころはどんな子どもだったんですか。

小島 目立ちたがりのお調子者で、お笑いも大好きでした。これは多分に両親の影響があって。父は人を幸せにするのは政治だという信念で、国政選挙に繰り返し出ては6回も落ちたんです。当時は毎朝5時半に起きて7時から1時間半、駅前に立って演説していたそうです。

高濱 そのメンタルはハンパないね。

小島 母は母でスーパー社交家。とにかく誰とでもすぐ友達になっちゃうし、街を歩いている外国人にも話しかけるタイプです。僕はそれがスタンダードだと思っていたので、小さいころから人前で何かをするのが大好きでした。

高濱 運動や習い事はしていましたか。

小島 小学校から高校までは野球を。習い事はけっこうやりましたよ。書道、柔道、水泳、サッカー……どれも続かなかったけど。続いたのは野球と公文だけ。

高濱 十分ですよ。野球はどこを守っていたんですか?

小島 最初はピッチャーですが、コントロールが悪くてファーストに。エースというわけじゃないけど、声がでかくて性格も明るいからと、声キャプテン、性格キャプテンという役回りでした。

高濱 素晴らしいじゃない。声は大切ですよね。じゃあモテたでしょ。

小島 いや、僕、3年間同じ人に5回振られた男ですから。でもおかげでメンタルは強くなった。父も選挙に6回落ちながらも、毎回全然へこんでなかったです。母は怒ってましたけどね(笑)。

高濱 親子で強い! ダイジョブダイジョブ、だ!

小島 高校卒業したらタレントスクールに入ろうと思ったんだけど、父が選挙に出まくっていたのでうちにはお金がなかったし、母から大学は出ておきなさいと言われたこともあって、進学しました。

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篠原麻子
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