いつの間にか、私の中にあったプライバシーの壁みたいなものが、薄皮をはぐみたいにどんどんめくれていきました。すごく身軽で、過ごしやすくなった気がします。

――1年で東京に帰ることはなかったんですね。

 その通りです。2年ほどまえ、縁あって築60年から70年くらいの古民家を買って、リフォームして暮らしています。ここが私たちの拠点です。

ご近所さんのおうちで朝食をいただくことも(福岡さん提供写真)

暮らしの中で生まれる音を、作品として形にしたい

――移住して4年たちますが、大きな変化はありますか?

 人が変わったくらい、私の中でいろいろなことが変わりました。

 東京にいたころは、生活の中心がバンドでした。ライヴにきてくれるお客さんに喜んでほしくて、「かっこいい」って思ってほしくて、自分たちが思う最先端の音楽をつくり続けたいと思っていました。

 でもいまはごく自然に、暮らしの中で発見したことや、子どもとの生活から生まれた音を、作品として形にしていけたらと思っているんです。曲のつくり方も大きく変化しました。

――都会のど真ん中にいたときには見えなかった世界が見えるようになった?

 私は昔もいまも東京が大好き。それでも、ここにいると自然が作りだす創造物に日々感激している自分がいます。

 たとえば山とか、草木とか。私は大学生まで徳島に住んでいたのに、あの頃は「山は山」にしか見えなかった。でもいまは「山って、めちゃくちゃクオリティの高い造形物だなぁ」と感動します(笑)。

 息子も自然の恵みを全身で感じていて、外で遊ぶことが大好きです。東京にいたらきっと、息子は虫に触れなかったと思うんです。でもいまは近所の山や川に連れて行くと、ずっと生き物を追いかけています。

――ご主人はいかがですか?

 彼はコミュニケーション能力が高くて、ぐんぐん地域の人に溶け込んでいってくれました。いまは近所のおじいちゃんおばあちゃんに「電球替えて」「リモコンの反応が悪い」としょっちゅう呼び出されて、「お礼にもらった」ってペットボトルのお茶を持って帰ってきます。ほとんど息子扱いですね。

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