集まっている母親のうち、「お母さんっぽい」格好をしているパリジェンヌは一人もいません。ミニスカートに長いブーツを履いている人もいれば、ジムに直行できそうなスポーツ・ウエアを着ている人もいます。学生が穿(は)きそうな穴あきのジーンズの人もいれば、胸元が広く開いたシャツを着こなしている人もいます。

「こっちって、ママさんルックっていうものがないのね」

 隣席のエミリーに何げなくそう漏らすと、彼女は「ママさんルック」という表現の意味がわからないと言います。

「いかにもお母さんっぽい格好ってことよ」 

 そう受け流そうとすると、彼女はますますわからないと言います。もともと物事を定義するのが大好きなフランス人ですが、エミリーは厄介なことに教授です。定義にはものすごくこだわります。

ママさんルックは「理想の母親像」があるから

 困ってしまった私は、「これは日本のことだけど」、と前置きしながら、「お母さんっぽい」とは反対に「母親らしからぬ」と思われる格好を幾つか挙げてみました。

 ● 胸元が広く開いた服

 ● 身体のラインがくっきり出る服

 ● ピンヒールの靴

 ● ミニスカートや短パン

 ● 長い爪に派手な色のマニキュア

 胸元が開いているシャツを身に纏ったセリーヌはそれを素早く聞きつけ、すっ頓狂な声を出しました。

「何それ? どうして母親になったからって、ルックスを変えなければならないの?」

 どうしてと言われても困るのですが、後に引けなくなった私は自分なりに理由を説明しました。世間というものが考える「理想の母親」像があること。その「こうあるべき」という母親の姿に縛られてしまう人が多いこと。できるだけわかりやすく解説するのですが、世間体や同調圧力という概念をパリジェンヌに説明するのは至難の業(わざ)です。

「こうあるべき、って言うけど、それ、おかしいわ。こうしたい、っていう自分の意見はどこに行っちゃったのよ?」

 憤慨しているのはセリーヌばかりではありません。ママ達はみんな話をやめ、口々にセリーヌに同意しています。

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