松下洸平さん直筆の連載タイトルロゴ
松下洸平さん直筆の連載タイトルロゴ

松下 そうだったんですか。僕は今の新さんしか知らないからなあ。

井浦 今は、できるだけ笑顔で、わっきゃわっきゃと楽しく過ごしたいと思ってる(笑)。芝居以外の場所では、相手を理解して楽しく過ごして、だけど芝居ではバチバチやろう、と。人と人との関係がうまくいくからこそ、芝居が面白くなることがわかった。20代の頃は、芝居で対峙する相手とは、それ以外の場面でもバチバチじゃないと、その役ができなかった。現場からも距離をおいていたしね。

松下 ええー、想像できないです。

井浦 でも、そうすると作品は残るけど、相手を嫌な気持ちにさせてしまったり、自分の中に苦しくてヒリヒリしたものが残ってしまったり。年齢を重ねながら、次第に今の自分になってきた。

松下 自分自身と向き合うって勇気がいりますよね……。その上で、自分を変えようとするのはもっと大変だと思います。どのように変化されたんですか?

井浦 一番のモチベーションは、失敗じゃないかな。迷惑をかけて、自分も心を痛めて、もうこんな気持ちになりたくない、と。巻き込んだ相手をもう傷つけたくない、とも思った。

松下 失敗から気づくこと、僕もあります。

井浦 失敗だよ、失敗しまくり!(笑)

松下 僕も以前、同じような経験をしました。自分がどういう人間かわからなくなって、模索した時期があります。一生懸命やっても結果が出なくて、自分自身を疑った。僕に足りないのは何だろうか、と。それで、自分の性に合ってないことがわかっていないのに、ちょっと偉そうにしてみたら何か変わるかな、と試してみる。でも、ことごとくうまくいかなくて。そのたびに周囲に迷惑かけて、人が離れていくこともありました。

井浦 うんうん。

松下 どれもしっくりこなくて、自分が自分じゃないような気がしていて悩みました。その頃、光石研さんと初めてドラマでご一緒する機会があったんです。光石さんは、こんな簡単な言葉で言っていいのかわからないのですが、優しいですよね。

井浦 そうだね。

松下 すごく惹かれました。優しい人と一緒にいると優しくなれる。自分にないのは優しさかもしれない。変わりたいな、と思った瞬間でした。新さんも、こうなりたいと思うような人がいますか?

井浦 いるいる。かっこいいな、こうやって生きていけたら素敵だなという人。歴史上の人物に憧れちゃうんだよ。

松下 出た! これです、ここからです(笑)。

井浦 いやいや、もちろん身近にもいるんだよ(笑)。強烈に心に残っているのは、原田芳雄さん。芝居以外の場所で出会って、何か特別なことを話したわけじゃないんだけど、芳雄さんの居住まいや背中、仕草に刺激を受けた。どう年を重ねたら、こうなれるのだろう、と思った。男が惚れる男だったな。

(構成/編集部・古田真梨子)

※7月25日発売の「AERA 8月1日号」では、対談の続きを掲載しています。

著者プロフィールを見る
古田真梨子

古田真梨子

AERA記者。朝日新聞社入社後、福島→横浜→東京社会部→週刊朝日編集部を経て現職。 途中、休職して南インド・ベンガル―ルに渡り、家族とともに3年半を過ごしました。 京都出身。中高保健体育教員免許。2児の子育て中。

古田真梨子の記事一覧はこちら