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震災から10年 カーシェアが活気につながった「石巻モデル」に世界が注目

菅沼栄一郎AERA#東日本大震災
「三ツ股カーシェア会」の会員はほとんどが女性。しばしば集会所で開く「お茶っこ」がみんなの楽しみだ(写真:カーシェア会提供)

「三ツ股カーシェア会」の会員はほとんどが女性。しばしば集会所で開く「お茶っこ」がみんなの楽しみだ(写真:カーシェア会提供)

震災前まであった石巻市の商工会議所跡地。子どものはしゃぐ姿も見える。市内に空き地は増えたが、産業的な復興は着実に進んでいる/2021年1月5日 (c)朝日新聞社

震災前まであった石巻市の商工会議所跡地。子どものはしゃぐ姿も見える。市内に空き地は増えたが、産業的な復興は着実に進んでいる/2021年1月5日 (c)朝日新聞社

AERA 2021年3月1日号より

AERA 2021年3月1日号より

 住まい、人との交流──「10年」という月日が変えたものは様々だが、ビジネスの在り方も変わった。ともに支え合う「絆」の心が、新しいビジネスの形を築いた。AERA 2021年3月1日号では、世界からも注目される宮城県石巻市の取り組みを取材した。

【写真】震災前まであった石巻市の商工会議所跡地

*  *  *
「おっかなかったあ」
「電話もらって、落ち着いた。ありがとう」

 最大震度6強の地震があった13日夜。宮城県石巻市に住む石井庸子さん(65)が、災害復興住宅の上の階に住む一人暮らしの仲間4人に電話をかけると、驚きながらも安堵する声が返ってきた。仏壇の上の置物が落ちてきた家もあったが、みな無事だった。

 石井さんが声をかけた人たちは、ふだんは車で一緒に買い物などに行く「三ツ股カーシェア会」の仲良しメンバーだ。貨物船が出入りする石巻港に近い復興住宅で、このカーシェア会が始まったのは4年前の秋のこと。ほとんどのメンバーが70歳以上で半分以上が一人暮らし。仮設住宅から抽選で引っ越したのでお互い顔も知らなかったが、1台の中古車をきっかけにご近所づきあいが始まった。

 ドライバー役の石井さんは、なかでも最年長の渡邊かね子さん(93)と顔を合わせるのが楽しみだ。先月のお茶のみ会にも元気に顔を出した。女性ばかり約10人が集会所に顔を揃え、かね子さんは隅っこのイスに座った。隣にいた支援団体のスタッフに話しかける。

「この会はね、週に1回、買い物があっぺしさ。あったかくなって、コロナがなくなれば、旅行にもいくんだよ」

■中古車をきっかけにしたコミュニティーに活気

 仮設住宅にいた5年半。かね子さんは津波のショックで声が出なかった。ところが、復興住宅に移ってカーシェア会に誘われたら治った。「安心したんだね」。かね子さんは、そう思う。

 この三ツ股カーシェア会は会員約30人。そのほとんどが女性だ。ガソリン代などの経費は、みんなで分担する。

 石巻市にはこんなカーシェア会が、10団体ある。同じ石巻市内で立ち上がった一般社団法人「日本カーシェアリング協会」が、全国から寄付で集めた車を貸し出している。カーシェアといっても都市部のレンタカーとは違って、被災者らが中古車をきっかけにしたコミュニティー作りに活用、14人の協会スタッフがサポートしている。


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