ドナースマルク監督は、家族とともに幼少期をニューヨークで過ごした。だからこそ、祖国ドイツに対し“アウトサイダーの視点”を持っているように感じる。初の長編作「善き人のためのソナタ」では旧東ドイツの秘密警察局員の姿を描いた。ドイツの歴史と向き合い続けるのはなぜか。

「祖母や両親の世代が経験したことは、自分にとっては本当に理解ができないことなのです。ドイツという国が抱える歴史を知ろうとすると、まるでホラーコミックを読んでいるかのような感覚に陥るときがある。自分とあまり違わないような人々がどうしてあのようなことをしたのか。私は自分の人生をかけて知ろうとしているのかもしれません」
 この作品には葛藤を抱えながら生きてきた芸術家の持つ思慮深さ、そしてその先を生きるための一筋の希望が宿る。

「芸術とはとても個人的な表現ですが、偉大な芸術に触れると、まるで自分もそれを経験したかのように感じられる。芸術は『自分は一人ではない』と感じるための大切なツールである。そう思っています」

◎「ある画家の数奇な運命」
ナチス政権下のドイツで絵画に興味を抱いたバーナートは画家の道を目指すようになる。10月2日から公開予定

■もう1本おすすめDVD 「ゲルハルト・リヒター ペインティング」

 ゲルハルト・リヒター(88)の結婚相手の父親は彼の叔母を死に追いやった元ナチス高官だった、という事実は公にされている。だが、「ある画家の数奇な運命」は壮大なフィクションであり、リヒターは「何が真実かを明かさないこと」を映画化の条件にしたという。それでも、映画を観るとリヒターの作品を見てみたいという衝動に駆られる。

 リヒターは、ときにその作品に数十億円の価格がつくことで知られる、現代最高峰の画家の一人。「ゲルハルト・リヒター ペインティング」(2011年)は、彼の創作の裏側に迫るドキュメンタリーだ。

 アシスタントたちと言葉を交わし、黙々とキャンバスに向かう。その一つ一つの動作、そしてリヒターが放つ、人としてのオーラに目が釘付けになる。なかでも「ある画家の数奇な運命」でも描かれる、1960年代の旧西ドイツのアトリエで撮影されたインタビュー映像は貴重だ。

「絵画を語るのは無意味」
「理解できないものに惹かれる」

 なぜ人はこんなにも絵画芸術に惹かれるのか。明確な理由がわからないからこそ、また映像のなかのリヒターの姿を追ってしまう。

◎「ゲルハルト・リヒター ペインティング」
発売元:アイ・ヴィー・シー
価格4800円+税/DVD発売中

(ライター・古谷ゆう子)

AERA 2020年10月5日号