全共闘世代、東大も京大もタテカンなしに悔悟 「世代を超えた対話を」50年目の再出発 (1/2) 〈AERA〉|AERA dot. (アエラドット)

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全共闘世代、東大も京大もタテカンなしに悔悟 「世代を超えた対話を」50年目の再出発

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北野隆一AERA
三島由紀夫(右)との討論に東大全共闘の芥正彦氏が割って入った/映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」から (c)2020映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会

三島由紀夫(右)との討論に東大全共闘の芥正彦氏が割って入った/映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」から (c)2020映画「三島由紀夫vs東大全共闘 50年目の真実」製作委員会

「高校闘争から半世紀シンポジウム」で山本義隆・元東大全共闘代表(右)の発言は注目を集めた/2月11日、東京都千代田区の連合会館で(撮影/北野隆一)

「高校闘争から半世紀シンポジウム」で山本義隆・元東大全共闘代表(右)の発言は注目を集めた/2月11日、東京都千代田区の連合会館で(撮影/北野隆一)

 全国の大学で大学解体やベトナム反戦を訴え、中学・高校にも広がった全共闘運動。半世紀経ち、世代間の対話を求める動きが出てきている。AERA2020年3月30日号から。

【写真】「高校闘争から半世紀シンポジウム」の様子

*  *  *
「俺たち間違った。この50年何しとったんやと」

 2月11日、東京都千代田区の連合会館大会議室。「高校闘争から半世紀シンポジウム」の参加者約300人の注目が、一人の登壇者の発言に集まった。

 山本義隆・元東大全共闘代表(78)。1968~69年、学生処分反対や「大学解体」、ベトナム戦争反対などを唱える学生らが大学をバリケードで封鎖した。山本さんは東大闘争で全学共闘会議(全共闘)代表を務め、全国全共闘議長に就任。70年代以降、長く沈黙を保ったが、2011年の東日本大震災と東京電力福島第一原発事故をきっかけに、当時を回顧した『私の1960年代』を15年に出版。再び発言を始めていた。

 シンポでは、大学闘争の影響で管理教育への反対運動に立ち上がった当時の高校生や中学生ら、60~70代の参加者が次々と発言。山本さんも「今の若い世代に何か言葉があれば」と促された。しかし語られたのは若者への励ましではなく、懺悔のような悔悟の言葉だった。

「福島の事故の後、東大には(意見表明の)タテカン(立て看板)一つ出なかった。昨年、京大に行ったが、香港理工大学に機動隊が突入する直前なのに、香港に連帯する看板が一つもない。これはあかんと思った。本当悔しいし、自分が情けない。何で若い人に伝えてこれなかったんだ、と」

 山本さんの気持ちは、参加者も共有していた。60年代末に都立高校で運動し、シンポ主催にかかわった金廣志(キムクヮンジ)さん(68)は「過去を懐かしむ同窓会で終わらせたくない。いま闘っている学生たちとつながりたい」と考えた。当初の計画を大幅に変更し、香港のデモを支援する若者や、安保法制反対や環境問題を訴える現役の高校生、大学生を招いた。当日は若者十数人が登壇。自分たちの活動について発言するだけでなく、元学生の語る半世紀前の運動の話を熱心にメモしながら聞いていた。


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