春美さんは当初、浜に見ず知らずの人が立ち入ることはもちろん、漁師が自宅に見知らぬ人を泊まらせることも抵抗があったと語る。

「震災前は浜のコミュニティーの中で、繁忙期にはお手伝いさんを融通していました。けれども、震災によって人口が減り、若い世代が浜を後にし、高齢者ばかりになってしまった今では、お金を出しても労働力を確保することが難しい。だからといって、震災から7年も経ってボランティアの人に頼るのは心苦しいし、気を使うばかりになる。自ら望んでやってくる若い人の力は絶大です」

 無論、十三浜の全ての漁師がホスト役に名乗りをあげているわけではない。山元さんは1週間という期間が重要だと話す。

「お互いに打ち解け、漁師の生活のリズムに慣れるには、数日では無理。仕事を覚えてすぐ帰るのでは、体験をする側にはメリットがあっても、受け入れる側には負担だけがかかる。1週間滞在することで被災地にもうひとつの家族ができたような気持ちになる。リピーターで休みの度に浜を訪れる人も多いですよ」

 被災地と被災地の外に暮らす私たち。それぞれが漠然と心に抱くわだかまりを乗り越えて、被災地とつながり続ける新しい観光が期待されている。(編集部・中原一歩)

AERA 2018年12月24日号より抜粋