世界三大漁場にも数えられる三陸沖に面する十三浜は東北屈指の漁村。冬から春にかけては特産品のワカメの収穫が最盛期を迎える。一年で最も人手を必要とする繁忙期だ(写真:ピースボートセンターいしのまき提供)
世界三大漁場にも数えられる三陸沖に面する十三浜は東北屈指の漁村。冬から春にかけては特産品のワカメの収穫が最盛期を迎える。一年で最も人手を必要とする繁忙期だ(写真:ピースボートセンターいしのまき提供)

 ボランティア元年と呼ばれた阪神・淡路大震災以降、被災地にボランティアに行く文化が定着。東日本大震災ではのべ100万人のボランティアが支援に駆けつけたと言われる。被災地にはボランティアで行くもの。それは間違っていないが、被災地に観光に出かけてはいけないのだろうか。

 京都の大学に通う森川美里さん(20)は東日本大震災の時、中学1年生だった。だから、地震のことは覚えていても、東北にボランティアに行く機会がこれまでなかった。むしろ、同級生が大学入試の面接で、口をそろえるように「夏休みに東北でボランティアしてきました」と答える姿に違和感があったという。

「自分がボランティアに行けていないという負い目もあったと思います。だからこそ、ボランティア以外で被災地に行く方法はないかと探しました。その時に見つけたのが漁師の家に1週間泊まって、そこで浜の生活を体験するという企画でした。漁業には昔から興味がありました」

 その企画は、一般社団法人「ピースボートセンターいしのまき」が行う「イマココいしのまき」。代表理事の山元崇央さん(43)は、この漁業体験は、新しい被災地の観光の形態だと説明する。

「当初は完全なボランティアとして、被災した漁師の方のお手伝いをしていました。けれども、時間の経過と共に助ける、助けられるという関係ではお互いに無理も生じる。そこで、働き手を求める漁師と漁業体験をしたい若者をつなぐプログラムに変更し、対等な立場で他ではできない交流が実現できないかと個別に漁師を訪ね、話し合いを続けてきました」

 森川さんが過ごしたのは宮城県石巻市北上町十三浜にある小泊という漁村だった。受け入れ先はホタテ、ワカメ、ホヤなどの養殖業を営む阿部一也さん(58)、春美さん(51)一家。森川さんは阿部さん家族が暮らす自宅の一間で1週間、共同生活を送ることになった。浜での生活に特別な時間はない。毎日、6時に起きて家族で朝食をとり、そのまま一也さんの指示で作業にとりかかる。波のない凪の日には沖まで船に乗って出かけることもあったが、基本は浜での作業が中心。休憩も自分のペースでとることができるので、作業は苦ではなかった。

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