モンゴル出身の大関照ノ富士との優勝決定戦を小手投げで制した稀勢の里 (c)朝日新聞社
モンゴル出身の大関照ノ富士との優勝決定戦を小手投げで制した稀勢の里 (c)朝日新聞社

 大相撲界に新たな伝説が生まれた。新横綱として春場所に臨んだ稀勢(きせ)の里が、大けがを負いながら逆転優勝。稀勢の里は「第2の貴乃花」になれるか。

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 1月の初場所後に第72代横綱に昇進した稀勢の里。新横綱として臨んだ3月春場所の千秋楽、エディオンアリーナ大阪は異様な雰囲気に包まれた。

 稀勢の里の左肩から胸、上腕にかけては、痛々しいほどのテーピングががっちりと施されている。13日目に初黒星を喫した日馬富士(はるまふじ)戦で負傷し、14日目は鶴竜(かくりゅう)に完敗。土俵入りでかしわ手も強く打てない状態での強行出場に、ファンは悲鳴にも似た歓声を送っていた。

 この日の相手は勝ち星一つの差で首位の大関照ノ富士。優勝には本割、決定戦と2連勝しなければならない。勝ってほしい。でも、けがを悪化させてしまうのではないか。かすかな期待と不安が交錯する中で、奇跡は起こった。

●語り継がれる逆転優勝

 本割は立ち合いの変化から突き落とし。決定戦は両差しを許したものの小手投げ。ともに、文字通り右腕一本で勝利をたぐり寄せた。

 新横綱の優勝は、1995年初場所の貴乃花以来。感極まったのだろう。土俵下での優勝インタビューでは涙がこぼれた。

「すいません。今日は泣かないと決めてたんですけど……」

 言葉は拍手にかき消された。日本相撲協会の八角(はっかく)理事長(元横綱北勝海[ほくとうみ])もこう称賛した。

「今後、語り継がれる逆転優勝だな。右手しか使えないのに、最後まであきらめないことの大切さを示した」

 稀勢の里は17歳9カ月の新十両、18歳3カ月の新入幕までは順調で、貴花田(後の貴乃花)に次ぐスピード出世を果たし、当時は「貴乃花二世」と呼ばれた。だがその後はなかなか壁を破れず、入幕から73場所目となる今年初場所の初優勝は、歴代2位となるスロー記録。19年ぶりの日本出身力士の横綱昇進となったが、30歳6カ月は昭和以降7番目の高齢となった。22度優勝の大横綱・貴乃花とは大きく差が開いた。

 それが春場所で再び、2人のイメージがぴたりと重なった。

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