●スマホが引っ張るナビ

 手元のコントローラーを使えば、朝、昼、夕暮れ時、夜と時間を切り替えて、それに応じた風景を楽しめる。大気の様子も自在に変えられるので、快晴の上空から雲海の中を飛行するといった体験もできる。また、標高の高い山頂は白く色を付けて積雪を表現したが、季節に応じて変化させることも可能という。

 さらに、高度1万メートルほどまで上がり、上のほうを仰ぎ見ると、宇宙空間へとつながる成層圏の景色を楽しめる。これも、CGならではの演出だ。

 現実世界のエッセンスを抽出して切り取り、簡略にして提示したものが地図だ。

 紙やスマホの画面で見るのが一般的だったが、VRなどの情報技術によって、より現実に近い形で体験ができるようになってきた。そのことは従来の地図の役割を変える可能性を秘めている。

 例えば、私たちの身近な地図の用途である目的地までのナビゲーション。最近では、グーグルマップなどのスマートフォンアプリで、目的地までの経路を表示させた地図を見ながら移動する人も少なくない。

 だが、スマホ画面を見ながら移動するのは、歩きスマホになって危険なうえ、面倒だ。目的地に「渋谷」と入力したら、その後スマホを見なくても、今いる場所から渋谷まで自動的に連れていってほしい。そう思ったことはないだろうか?

 地図を見なくても、スマホが目的地まで引っ張っていってくれる──。そんな願いをかなえてくれる技術があると聞き、NTTコミュニケーション科学基礎研究所上席特別研究員の五味裕章さんを訪ねた。

「これを持ってください」と五味さんに手渡されたのは、少し大きめのスマホだ。このスマホを片手で握ると、振動して、あたかも正面に向かって引っ張られていくように感じた。さらに、五味さんがコントローラーで向きを指示すると、右向きにグイッと引っ張られ、思わず右方向へと足が進んだ。

 これは、五味さんらが開発を進める「ぶるなび」と呼ぶ技術だ。振動子の震え方をうまく調節することで、特定の方向に引っ張られるような感覚を作り出す。そのため、手で持つと、振動によって、前後左右などへ向けて引っ張っていってくれるというわけだ。

 試作した、振動子内蔵の薄型装置はスマホケースと一体化しており、このスマホケースにスマホを入れるだけで、ナビゲーターとして使えるようになる。

「行きたい目的地を入力すると、スマホが目的地まで引っ張っていってくれる。そんな用途を想定しています」(五味さん)

●地図が人の動きを操作

 まだ開発中だが、これまでのようにわざわざ地図を見なくても、スマホ頼みで目的地に自動的に到着できる未来も近そうだ。そうなれば、ナビゲーションの用途としての地図の存在意義は変化していくはずだ。

 変わるのは、地図の見せ方だけではない。人の動きといった現実世界そのものまでリアルタイムに変えつつある。

 そもそも、地図の中に自分が今いる場所などのリアルタイムの情報を埋め込めるようになったのは、GPS(全地球測位システム)が搭載されたスマホや携帯電話の普及で、個人の位置情報を簡単に得られるようになったためだ。

 こうした個人が持つ情報を解析して、地図の中に埋め込む、ビッグデータの活用が、現実世界の人の動きまで変えようとしている。

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