「個人の位置情報や移動履歴といった大量のデータをリアルタイムで得られるようになると、地図上に、人の動きなどの『世界の棋譜(きふ)』を作れるようになります。これらをうまく活用することで、人の流れや動き、交通渋滞などをうまくコントロールすることができるようになるのです」

 と、空間情報科学に詳しい東京大学教授の柴崎亮介さんは説明する。

●混雑を事前に予測

 たとえば20年の東京五輪。都内では交通渋滞や混雑が予想されるが、乗り換え検索アプリなどを運営するナビタイムジャパンは、こうしたイベントによる混雑や、日常とは異なる人の動きを事前に予測するシステムの開発を進めている。

 通常、目的地へ向かう前には、電車などの公共交通機関の乗り換え検索をする。そのため、

「多数の検索がされている場所には、その後、人の移動が集中すると予測できます」

 と、同社シニアコンサルタントの太田恒平さんは説明する。

 ナビタイムのヒートマップを見てほしい。13年4月13日16時台の東京近郊の様子を表している。地図上では、「ナビタイム」の検索で1時間に600回以上発着地として指定された駅を、回数に合わせたヒートマップとして表示している。色が濃いほど、多く検索されていることを示している。

 地図上の左上の濃い円は、西武鉄道の西武球場前駅だ。実はこの日の17時から、アイドルグループ「ももいろクローバーZ」のライブが西武ドームで行われる予定だった。

「西武球場前駅を到着地に指定した検索数は、開演前がピークでしたが、4日前でも普段の8倍の検索数がありました。こうした検索数の増加を普段から見ることで、これから混雑するという予報ができるようになるのです」(太田さん)

 この混雑予報に基づいて、同社は報道番組や「乗換NAVITIME」のアプリで、利用者に情報提供をしている。混雑予報を見ることで、利用者は混雑を避ける行動をとれるようになる。事業者は混雑対策をとったり、普段よりも多めに商品を仕入れたりするといった活用もできるようになる。

●渋滞なくすカーナビ

 人や車の動きを予想するだけでなく、その流れをスムーズにして渋滞や混雑を緩和させるといった、全体の流れの設計もできるようになりそうだ。

 ちょっと先の未来を見ることで、ドライバーの今の行動が変わり、高速道路の交通渋滞が緩和する──。東京大学などは、そんなカーナビの実現に向けた研究を進めている。

 高速道路のサービスエリアでの休憩時間によって、渋滞に巻き込まれるのを避けるといった目的地までの経過も含めて、複数のパターンを表示するスマホアプリだ。

 例えば、10分長く休憩をとると、渋滞が緩和されて結果的に目的地に早く到着するといった未来予想を提示する。

 この未来予想を見てドライバーの行動が変わることで、さらに未来予想も変わる。休憩時間が変わると、渋滞状況も変わり、目的地への到着時間も変わる。

「未来予想の提示を動的に変えていくことで、人の行動や社会全体が最適化されると考えています。ただし自分で選ぶことが重要です。未来のパターンを全部見せる未来予想を作り、そこから、自分の行動を自分の意思で選べるようにしています」(東京大学講師の鳴海拓志さん)

 地図に人の動きが埋め込めるようになったことで、現実世界の最適化までできるようになりそうだ。

(編集部・長倉克枝)

AERA 2017年2月20日号