【追悼】半藤一利さん 文春時代、新入社員に「似顔絵」贈る温かさ (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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【追悼】半藤一利さん 文春時代、新入社員に「似顔絵」贈る温かさ

連載「RADIO PA PA」

延江浩週刊朝日#延江浩
延江浩(のぶえ・ひろし)/TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー

延江浩(のぶえ・ひろし)/TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー

喫茶店に飾られた半藤一利さんの色紙

喫茶店に飾られた半藤一利さんの色紙

 TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。今回は、「半藤一利さん」について。

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 半藤一利さんの「昭和史」シリーズを繰り返し読んだのは、講談社のHさんと新しい形で戦後史(『愛国とノーサイド』)を書こうと悪戦苦闘していた時だった。「半藤さんは坂口安吾に弟子入りしてね、自らも歴史探偵を名乗っていたんだ」というHさんの言葉が忘れられない。半藤さんの著作は執筆に悩んでいた僕の足元を照らしてくれ、ジャーナリズムの流儀を教わった。その流儀は同じ文藝春秋の池島信平さんが作り、後輩の半藤さんが結実させたとも知った。下町生まれの反骨と平易な文章、相撲好きで版画に挿絵も描いた。絵本も書き、歌人でもあった。

 あのときわたくしは、焼(や)けあとにポツンと立ちながら、/この世(よ)に「絶対(ぜったい)」はない、ということを思い知らされました。/絶対(ぜったい)に正義(せいぎ)は勝(か)つ。絶対(ぜったい)に神風(かみかぜ)がふく。絶対(ぜったい)に日本は負(ま)けない。/(略)自分はその絶対(ぜったい)を信(しん)じてきたことか。そしてそれがどんなにむなしく、/自分勝手(かって)な信念(しんねん)であったかを、/あっけらかんとした焼(や)けあとから教わったのです。/(略)そのとき以来(いらい)、わたくしは二度(にど)と「絶対(ぜったい)」という言葉(ことば)はつかわない、/そう心にちかって今日まで生きてきました。/しかしいま、あえて「絶対(ぜったい)」という言葉(ことば)をつかって/どうしても伝(つた)えたいたったひとつの思いがあります。/『戦争だけは/“絶対に”/はじめてはいけない』(『焼けあとのちかい』)

 親しい友人が文春にいて、半藤さんの思い出話をしてくれたことがある。

「他社でも連載を持っていた半藤さんは、挿絵や版画を入社したてで受付をしていた私によく預けたんです。それを観るのが楽しみで。ため息がでるほど上手だった」


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