店は狭くて薄暗いソファが二つばかり。二人で座ると、さっきのお姉さんがさっき買ったボトルを持ってきた。「ナニツマムカ?」「じゃフルーツ盛り合わせと乾き物でいいや」「ハイヨ」。雑に切ったフルーツが並ぶ。乾き物もさっきSさんが買った「おばあちゃんのぽたぽた焼」とミックスナッツ。お姉さんは奥に引っ込んだまま出てこない。接待は伴わない系の店なのか?「よんできます?」「いーよいーよ。忙しいんだろ?」。たばこ吸っている姉さん。「つまみは食べてもいいし、食べなくてもいいよ」。二人で水割りを3杯だけ飲んで「じゃ行くか」とSさん。すぐにつまみを片付け隣のテーブル客にサッと出し、「マイドデス」とお姉さん。勘定を払い「これ」と別にポチ袋を渡すSさん。つまみは7千円。「今日は安かった」そうだ。

 自分で仕入れたものを、自分で高く買い、それには決して手をつけず、お小遣いを渡し帰っていく。「自分の店みたいですね、兄さん」「いやいや『お客』ですよ」「経営しちゃったほうが早いんじゃないですか?(笑)」「そんなことしちゃったらオレが通えないじゃないかよ」

 中通りを歩きながら「楽しいなぁ(笑)」とSさん。もう2軒飲みに行き「はい、車代」とSさんは私にポチ袋をくれた。「オレ、もう一回最初の店行ってくるからさ」と、Sさんは寿司折りを買い込んだ。寿司はまた自分で買うのだろうか。高そうだな、寿司だもの。

週刊朝日  2020年7月10日号

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春風亭一之輔

春風亭一之輔

春風亭一之輔(しゅんぷうてい・いちのすけ)/落語家。1978年、千葉県生まれ。得意ネタは初天神、粗忽の釘、笠碁、欠伸指南など。趣味は程をわきまえた飲酒、映画・芝居鑑賞、徒歩による散策、喫茶店めぐり、洗濯。この連載をまとめたエッセー集『いちのすけのまくら』『まくらが来りて笛を吹く』『まくらの森の満開の下』(朝日新聞出版)が絶賛発売中。ぜひ!

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