もどかしい思いをしていたファンも多かったはずだが、誰よりも冷静に藤井の実力を見定めていたのは、当の本人だったかもしれない。記者は会見などで取材する機会が度々あったが、今後の目標について問われた時の答えはいつも同じだった。

「タイトルを狙える実力をつけたい」

 トップ棋士との対戦を糧にして努力を重ねた結果、ついに憧れの舞台に立つこととなった。

 先輩の棋士たちは、藤井の成長を肌身で感じている。デビュー前の藤井と将棋を指したことがある飯島栄治七段(40)は話す。

「29連勝していた頃に比べて、形勢が悪い時に相手を惑わす手を指すようになったと感じる。(1996年に)7タイトルを独占した頃の羽生善治九段は、よく逆転勝ちして『羽生マジック』と言われていたが、その時の雰囲気に近づいてきた」

 今回の棋聖戦で藤井は、1次予選から10連勝して挑戦権をつかんだ。だが、そこに至るまでには思わぬ“難敵”も待ち受けていた。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う対局の延期だ。棋士の長距離の移動が制限され、藤井は2カ月弱、対局ができなかった。

 しかし5月下旬、事態は急転する。国の緊急事態宣言の解除を受け、日本将棋連盟が異例とも言える対局日程を発表したのだ。

 棋聖戦の挑戦者を決めるトーナメントの準決勝を今月2日、決勝を4日に行い、8日に五番勝負が開幕──。挑戦者決定のわずか4日後にタイトル戦が始まるのは極めて珍しい。

 藤井はこの強行日程を勝ち抜いた。2日は名人3連覇の実績を持つ佐藤天彦九段(32)、4日は叡王と王座のタイトルを持つ永瀬拓矢二冠(27)に勝利。充実した戦いぶりからは、「ステイホーム」の期間にも着実に力を蓄えてきたことがうかがえた。

 8日の五番勝負第1局を迎えた時点での年齢は17歳10カ月20日。屋敷伸之九段(48)が持っていた最年少記録をわずかに4日上回っての快挙達成だった。ただ、藤井自身は自らのそうした記録に関心を見せない。4日の会見では、

「(対局の際に最年少の)記録は全く意識しなかった」

 と語った。頭の中にあるのは、常に「実力向上」なのだ。

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