今回発売された小林修の写真集『司馬遼太郎「街道をゆく」の視点』には99枚の写真が収録されている。

 すべて2006年に始まった本誌連載の「司馬遼太郎シリーズ」の写真である。

 連載はモノクロで、それをまとめた「週刊朝日ムック」はオールカラー。「週刊司馬遼太郎」に始まり計19冊で、小林が一人で写真を担当してきた。

 ムックのアンケートを読むと、熱烈に写真をほめていただくことが多い。

「まず写真から全部見て、それから記事を読みます」

 と、記者としてはいささかフクザツではある。

 最初のムック本のあとがきで、小林は書いている。

「司馬さんの言葉によって膨らんだ小説の風景は、すでに歴史の彼方に消え去っていて、かわりに解読不可能な文字が刻まれた石碑だけが鎮座している。そして私は立ちすくむ。『さてどうしよう』」

 そのとき『街道』が頼りだろう。『街道』には司馬作品のすべての要素がある。その視点を手がかりにしてきた小林修はいう。

「13年間、ドキュメンタリーを撮ってきたつもりです。およそ絵にならない、凡庸な風景にも非凡な瞬間が必ず訪れる。司馬さんの言葉と風景を往復しながらその瞬間を待っています」

 写真はもちろんノンフィクションである。

「うその世界ではありません(笑)。ただし、小説も虚実皮膜でノンフィクションの要素がある。写真にもドラマやユーモア、想像力があれば楽しくなる。ちょっとしたフィクションが必要です。そして、やっぱり人や生き物の存在感がある風景にはひかれます」

 たとえば奈良県の「竹内街道」は、司馬さんの幼少年期の思い出の場所で、その風景が日本でいちばん美しい風景だとしている。

「いまでも懐かしい、いい場所なんですが、司馬さんが幼児期に見た風景はさすがにありません。90年以上前のことですからね。そんなとき、竹内街道に大きな虹が出たんです」

 虹は消えず、夢中で撮っていると、やはり虹に夢中らしい少年が現れた。

「ランニングに半ズボンの小学生。都会ではめったに見られない素朴な感じの子で、虹を夢中になって追いかけ、携帯で写真を撮っている」

次のページ