忌野清志郎、没後10年…奇抜なメイクは「これで売れちゃったから」 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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忌野清志郎、没後10年…奇抜なメイクは「これで売れちゃったから」

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太田サトル週刊朝日
忌野清志郎さん=1992年 (c)朝日新聞社

忌野清志郎さん=1992年 (c)朝日新聞社

 キヨシローが世を去り、5月2日で10年になる。これにあわせ、東京・原宿のカフェで展覧会「それで君を呼んだのに 忌野清志郎を想う」が開かれた。竹中直人や矢野顕子、角田光代ら清志郎を愛した人の手による、絵や文章、写真などが展示された。

 2014年から始まった展示は今年で6回目。回を追うごとに来場者も増え、店内に置かれたノートには訪れたファンの思いがたくさんつづられていた。

 5月4日には日比谷野外音楽堂で、今年10回目となる、清志郎をトリビュートする「忌野清志郎ロックン・ロール・ショー」を開催、仲井戸麗市、鮎川誠、山崎まさよしら豪華な顔ぶれだ。

 今から30年前、平成への改元前後の清志郎も、にぎやかな空気の中にいた。

 1988年、RCサクセションのアルバム「カバーズ」が、原発に反対する内容の歌詞がレコード会社に懸念され、「素晴らしすぎて発売できません」のコピーとともに発売中止された(のちにレコード会社を変更してリリース)。当時はセンセーショナルな話題を集めたが、世の中は簡単には変わらない。東日本大震災で福島第一原子力発電所の事故が起きたというのに、あちこちに再稼働した原発はある。


 元RCサクセションマネジャーで『あの頃、忌野清志郎と』の著者である片岡たまきさんは、清志郎の素顔を振り返る。

「ステージ上ではあんなにギンギンなのに、それ以外ではとても物静かです」

 ライブ前、楽屋に入り、ストレッチ、薄めに作った「ポカリ」、カセットレコーダーから流れるロックやソウル。独特のメイクに髪を立てるルーティン。しだいにみんなが知る「キヨシロー」に変身していく。

「アクセサリーを並べた中から選んでつけるのが最後ですね。どうして最後なのかと聞いたら『先につけるとジャラジャラして着替えが大変だろ』って。鼻で笑われました(笑)」

 そんななかでも、ステージに上がるまでは物静かなたたずまいは変わらない。

 地方公演ではステージ後、汗だくのステージ衣装のままタクシーに飛び乗る。ホテルでシャワーをあびて着替えてさっぱりして、キヨシローは素顔にもどる。


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