“殿下”役でスターになった小野寺昭 人形劇から「太陽にほえろ!」へ (1/5) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

AERA dot.

“殿下”役でスターになった小野寺昭 人形劇から「太陽にほえろ!」へ

このエントリーをはてなブックマークに追加
中村千晶週刊朝日
小野寺昭(おのでら・あきら)/1943年、北海道帯広市生まれ。69年、25歳でTBSドラマ「パンとあこがれ」に出演し、高い評価を受ける。72年から「太陽にほえろ!」で島刑事(「殿下」)役で人気を博し、80年まで8年間レギュラーとなる。NHK「御宿かわせみ」シリーズなどドラマと舞台を中心に活躍。2007年4月から大阪芸術大学短期大学部広報学科(現・メディア・芸術学科)演劇コース教授に就任し、12年から19年春まで学科長を務めた (撮影/写真部・加藤夏子)

小野寺昭(おのでら・あきら)/1943年、北海道帯広市生まれ。69年、25歳でTBSドラマ「パンとあこがれ」に出演し、高い評価を受ける。72年から「太陽にほえろ!」で島刑事(「殿下」)役で人気を博し、80年まで8年間レギュラーとなる。NHK「御宿かわせみ」シリーズなどドラマと舞台を中心に活躍。2007年4月から大阪芸術大学短期大学部広報学科(現・メディア・芸術学科)演劇コース教授に就任し、12年から19年春まで学科長を務めた (撮影/写真部・加藤夏子)

小野寺昭さん (撮影/写真部・加藤夏子)

小野寺昭さん (撮影/写真部・加藤夏子)

 もし、あのとき、別の選択をしていたなら──。人生の岐路に立ち返ってもらう「もう一つの自分史」。今回は俳優の小野寺昭さんの登場です。1972年にスタートした国民的ドラマ「太陽にほえろ!」の“殿下”役で人気を博しましたが、デビュー前は俳優養成所の試験にことごとく落ちたそうです。努力を重ねて人生を切り開いた苦労人でもあります。

【この記事の写真の続きはこちら】

*  *  *
 高校卒業後に俳優を目指して上京したものの、養成所の試験に落ち続けたんです。俳優座だけじゃなく、劇団民藝も文学座も受けたんですが、全然受からなかった。俳優座でも最終選考まで行ったのは覚えてるんですが。

 受験のときは高橋長英さんと番号が隣でした。彼は横浜生まれで、僕が控室でセリフの練習なんかをしていても「どうせやったってしょうがねえよ」って悠然としてる。カッコいいなあ、オレは田舎者だからなあって思った。やっぱり彼は受かって僕はダメでした。

 もしも俳優座に受かっていたらどうなっていたかなあと、いまも思いますね。受かっていたら花の15期生──前田吟さん、小野武彦さん、村井国夫さん、地井武男さんや原田芳雄さんたちとも同期だったんです。まあ、そうそうたる役者たちの中で自分が生き残れたかどうか。それもわからないですけどね。彼らがどんどんテレビに出ていくなか、どこかで「あいつらに追いつけ、追い越せ」と励みにしていた部分もある。

 結局、僕は大学や劇団の養成所でしっかり演技を学ばず、いわば一匹おおかみでやってきた。だからいま、若い人たちにも「基本、役者は自分一人で努力するしかない。自立できる演技者になってほしい」と教えているんです。

――北海道帯広市出身。公務員の父親が地元でアマチュア劇団を主宰していたことが、俳優を志した原点だ。

 昼間は働いている大人たちが夜に集まって公民館などで芝居をする。のぞきにいくと、舞台の上では彼らが別人に見えたんですよ。「え、このおじさんがこんなふうになるんだ!」と。


トップにもどる 週刊朝日記事一覧

続きを読む

関連記事関連記事

このエントリーをはてなブックマークに追加
あわせて読みたい あわせて読みたい