またみんな、いい仕事してるんだ。特に高橋源一郎、もう顔からにじみ出る味わいが格別。古びた町の写真館を営みながら、実は公安のスパイである男。

 彼は、理容師の女・江角(余貴美子)を監視、盗聴していた。過激派の指名手配犯を援助している女。来る日も来る日もただひたすら、彼女の声を、何気ない会話を聞き続ける男。

 流れる音楽は、映画「ベニスに死す」でも使われた、マーラーの交響曲第5番の「アダージェット」。源一郎ったら、アッシェンバッハ先生だったなんて!

 これはもう監視じゃなくて、愛。「ただ眺めるだけ」という愛。気の遠くなるような、静かな28年間の想いを残し、男は自殺する。

 死後に残されたデータ。それは告白、または事件の真相、ある時は復讐でもある。ただ、削除キーが押される時に思うのだ。たとえ記録は永遠に消えてしまっても、誰かの心の中の記憶は決して消えないことを。

週刊朝日  2018年9月21日号

著者プロフィールを見る
カトリーヌあやこ

カトリーヌあやこ

カトリーヌあやこ/漫画家&TVウォッチャー。「週刊ザテレビジョン」でイラストコラム「すちゃらかTV!」を連載中。著書にフィギュアスケートルポ漫画「フィギュアおばかさん」(新書館)など。

カトリーヌあやこの記事一覧はこちら