しかし、私は8020で満足していてはだめだと考えています。親知らずを除いた健康な成人の歯は28本です。これからは、この28本すべてを80歳でも残す「8028」の達成を目指すべきです。

 これは決して難しいことではありません。北欧スウェーデンでは予防歯科を受診することを義務化した結果、むし歯や歯周病が圧倒的に減り、80歳ですべての歯が残っている高齢者がたくさんいるのです。

 日本では約7割の人が歯を失う原因である歯周病に罹患(りかん)しています。歯周病に注意し、軽いうちに治療、ケアができればたくさんの歯を残せます。

■自分の歯を残すことのメリット

「なぜそんなに自分の歯にこだわらなければいけないの?」

 という人もいるでしょう。

 これは歯を失わないとなかなか実感できないことかもしれませんね。自分の歯を残すことのメリットはたくさんありすぎて、ここですべてを紹介することはできませんが、代表的なものをいくつか述べてみましょう。

 まずは、「自分の歯でかむ」ことのメリット。野生の動物の多くは歯を失うと食べ物を咀嚼(そしゃく)できなくなって、死んでしまいます。人間は調理によって歯がなくても食べられるやわらかい食事を作ることができますが、それでも、歯がそろっていて「なんでも食べられる人」と比べれば、バランスの悪い食事(栄養不良)に陥りやすいといえます。

 また、顎と脳は太い血管でつながっており、よくかむことで脳への血流量が増えます。このことが認知症の予防になるという報告もあります。

「いざとなったら、入れ歯やインプラントがあるじゃない」という考えもあるでしょう。しかし、天然の歯と人工の歯ではその感覚が異なります。例えば入れ歯はおせんべいなど硬いものが食べにくいだけでなく、食べ物の熱さが口内に伝わりにくく、自然の食感、おいしさを感じるのはなかなか難しいものです。

 歯触りや歯ごたえを感じるのは歯と歯槽骨の間にある歯根膜(線維性の組織で歯周組織の一部)の働きによります。おいしく食べられるのは歯根膜のおかげで、これは天然の歯にしか存在しません。

 インプラントはあごの骨にしっかりと金属を埋め込むので強い力に耐えられ、噛む感覚は自然の歯に近いといわれます。しかし歯根膜がないので、かみ心地は天然歯にはかなわないのです。

 さらに歯は発声や発音にも深くかかわっています。歯を1本でも失うと、しゃべりにくくなることがあります。また、意外と大きいのは気分の問題かもしれません。歯を1本でも失うと、「年をとったなぁ」と落ち込んでしまう人は多いです。

 いかがでしょうか?

 年をとっても自分の歯でかめるということは、想像以上に幸せなことなのです。ぜひ、歯周病などに注意し、今ある歯をこれ以上、失わないように大事にしていただきたいと思います。

◯若林健史(わかばやし・けんじ)
歯科医師。若林歯科医院院長。1982年、日本大学松戸歯学部卒業。89年、東京都渋谷区代官山にて開業。2014年、代官山から恵比寿南に移転。日本大学客員教授、日本歯周病学会理事、日本臨床歯周病学会副理事長を務める。歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演

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若林健史

若林健史

若林健史(わかばやし・けんじ)。歯科医師。医療法人社団真健会(若林歯科医院、オーラルケアクリニック青山)理事長。1982年、日本大学松戸歯学部卒業。89年、東京都渋谷区代官山にて開業。2014年、代官山から恵比寿南に移転。日本大学客員教授、日本歯周病学会理事を務める。歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演。AERAdot.の連載をまとめた著書『なぜ歯科の治療は1回では終わらないのか?聞くに聞けない歯医者のギモン40』が好評発売中。

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