「ぜんぜんないなぁ」養老孟司が自分の“最期”“終活”を明かす (1/3) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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「ぜんぜんないなぁ」養老孟司が自分の“最期”“終活”を明かす

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養老孟司(解剖学者)週刊朝日#シニア

養老孟司(ようろう・たけし)さん/1937年、神奈川県生まれ。解剖学者。東京大学名誉教授。2015年、鎌倉市の建長寺に隈研吾氏設計の「虫塚」を建立し、毎年6月4日の虫の日に「虫供養」の法要を行っている。近著に『半分生きて、半分死んでいる』『遺言。』など。(撮影/写真部・大野洋介)

養老孟司(ようろう・たけし)さん/1937年、神奈川県生まれ。解剖学者。東京大学名誉教授。2015年、鎌倉市の建長寺に隈研吾氏設計の「虫塚」を建立し、毎年6月4日の虫の日に「虫供養」の法要を行っている。近著に『半分生きて、半分死んでいる』『遺言。』など。(撮影/写真部・大野洋介)

 もし、あのとき、別の選択をしていたなら──。ひょんなことから運命は回り出します。人生に「if」はありませんが、誰しもやり残したことや忘れられない夢があるのではないでしょうか。今回は解剖学者の養老孟司さんが「もう一つの自分史」を語ります。

*  *  *
■生きていること自体が終活 最近はもう考えない

実は、虫の専門家になっていた可能性もあるんです。高校時代からハワイの博物館の虫好きの研究者と文通していて、教わったり標本を送ってもらったりしていました。

 東京大学の教養学部時代、その人に「虫の専門家になりたいけど、食えないらしいから、医学部に進もうと思う」って手紙を書いたら、「博物館で仕事を用意してやるから、すぐに来い」って言われたんです。

 かなり迷いましたよ。子どものころから、虫取りばかりしていましたから。鎌倉に生まれたけど、あのころの山は虫たちの宝庫だった。長くやっていると何でも飽きるもんだけど、虫取りだけは飽きない自信があるなあ。

 でも、結局は医学部に進みました。ウチは父親が早くに亡くなって、医者をしていた母が女手ひとつで僕たちを育ててくれた。母に「手に職をつけたほうがいい」と言われ続けてきたんです。

 若い人にも、50代60代のみなさんにも、ぜひ虫取りをオススメしたい。体を使わず、頭で考えてばかりいるのが、現代人の悪いところであり不幸の源です。虫取りは、体を使って、自分の判断で動かなきゃいけない。生きる上で大切なことがすべて含まれているんです。

――卒業後、解剖学教室に入り、医師免許を使う機会はほとんどなかった。東京大学医学部教授を務め、1995年、定年前の57歳で退官した。

 助手になってすぐ、大学紛争の渦に巻き込まれました。助手なんて、学生からみたら体制側だし、教授たちからみたらまだ身内じゃない。両方から小突きまわされましたね。

 研究者になろうと助手になったのに、いきなりそれ。戦争体験とも合わせて、社会というのは自分の進む道があらかじめ用意されていて、そこを踏んでいけばいいというものではない。自分の居場所は自分で作らなきゃいけないんだと、思い知らされました。


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