石野卓球がモテたい下心はあっても「売れたい」と思わない理由 (1/2) 〈週刊朝日〉|AERA dot. (アエラドット)

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石野卓球がモテたい下心はあっても「売れたい」と思わない理由

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週刊朝日
石野卓球静岡県出身。1995年、本格的にDJとしての活動スタート。2015年にはΝew Orderのシングルカット曲「Tutti Frutti」のリミックスを日本人で唯一担当した。DJ/プロデューサー、リミキサーとして、多彩な活動を行う(撮影/谷本結利)

石野卓球
静岡県出身。1995年、本格的にDJとしての活動スタート。2015年にはΝew Orderのシングルカット曲「Tutti Frutti」のリミックスを日本人で唯一担当した。DJ/プロデューサー、リミキサーとして、多彩な活動を行う(撮影/谷本結利)

 石野卓球は好きなことだけを“選択”して生きてきた。1989年にピエール瀧さんらとテクノバンド・電気グルーヴを結成。95年からは海外での活動もスタートさせ、98年には、ベルリンで行われる世界最大のテクノ・フェスティバルで、150万人の前でプレイした。昨年末には電気グルーヴのドキュメンタリー映画が公開されロングヒットを記録するなど、テクノ世代のみならず幅広い世代から熱狂的な支持を得る。

「“レジェンド”とか、“テクノマエストロ”とか、大げさな肩書をつけられるのは好きじゃない。今は、俺なんかより、(ピエール)瀧のほうが有名なんじゃない? テレビにいっぱい出てるしさ(笑)」

 DJやプロデューサーとして活躍する石野さんは子供の頃から、人と違うものが好きだった。小学生の時に聴いた「YMO」に衝撃を受け、以来、自分の中で響く音楽を探っていくにつれ、どんどん周囲から孤立していった。

「静岡の田舎では浮きまくりで、東京に来てもやっぱり浮きまくってた(苦笑)。でも、音楽に関しては嘘がつけなくて、『こっちだ!』って思える音楽だけを掘り下げていって、ドイツに俺の好きなタイプの音楽のムーブメントがあることに辿り着いたりとか。テクノって、ハウスミュージックとも近くて、ハウスはゲイ・カルチャーが発祥だったりするから、どっちにしろメインストリームじゃない。でも、世界に目を向ければ、一定数のマニアはいるわけで」

 ずっと音楽をやってきて、「モテたい」という下心は常にある。でも、「有名になりたい」とか、「売れたい」と思ったことはない。「むしろ、売れることは、音楽をやりやすい環境を作る上では邪魔(笑)」とまで話す。そんな卓球さんが、6年ぶりにソロアルバムを発表した。「LUNATIQUE」はフランス語で“気まぐれな”という意味を持つ。コンセプトはずばり“官能”だ。


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