説明を聞き終わった昭和天皇が、方向転換しようと、急に体の向きを変えた。

<そこに私が物体として立っていた。当然、ぶちあたった>

 突然のことによろけた司馬さん、おもわず、

「失礼!」

 といった。昭和天皇は左に90度の旋回運動中で、よろけることなく、表情の変化も見せなかった。次の陳列ケースの前で、今度は右に90度旋回したという。

<私には拝謁の経験はないが、衝突の経験はある>

 その後、司馬さんは拝謁の機会を得ることになる。40代半ばのころ、司馬夫妻は赤坂御苑の園遊会に招かれた。昭和天皇は司馬さんを見て、

「元気そうだね」

 と、声をかけた。

 夫人の福田みどりさんは『司馬さんは夢の中3』に書いている。

<白髪を御覧になっておっしゃったのだろうが、司馬さんは陛下に言ったのよ。

 僕、まだ、若いんですよ。

 陛下は黙って頷かれただけだった>

 さらには76年、『空海の風景』などで芸術院恩賜賞を受賞したときも昭和天皇に拝謁し、著作についてご説明している。

週刊朝日 2015年6月26日号より抜粋