「素敵なキスをしよう」と思ったことは、これまでに一度もないという。石田純一は20年以上前トレンディードラマが大人気だった頃も、二枚目のカッコいい男を演じるつもりは毛頭なかった。

「むしろ、“人間ってどうしようもない、不器用な生き物だけど、だからいいんだよね”ぐらいに思ってもらえれば、と(笑)。僕らの少し上の世代には、非の打ちどころのないカッコいい二枚目俳優が大勢活躍していらしたんですよ。でも、我々の世代はそこまでじゃなかったので……(苦笑)」

 どこにでもいる人間臭い男を演じながら、当時のドラマの根幹を支えていたのは、恋愛模様を描いた松任谷由実さんの詞の世界観だったのではないか、と石田さんは分析する。

「トレンディードラマは、設定こそファンタジーだけれど、登場する人間はリアルだった。僕も、無様でも一生懸命な生き方をさらすことで、観る人が“愛おしいな”って思えるような、そういう共感性の高い物語を提供しようとしていた気がします」

 映像での活躍が目立つが、俳優としてのスタートは、劇団「円」。演出家を目指してアメリカに渡り、帰国後に「円」の演劇研究所研究生になった。そこから“トレンディー俳優”と呼ばれるようになるまでに、約10年の歳月を要した。

「役者には大きく分けて2種類あると僕は思っているんです。ひとつは、どんな役柄もテクニックや表現で見せることができるタイプ、もうひとつは、自分たちの生き様みたいなものをさらすことしかできないタイプ。で、僕は、昔から表現者タイプではないんですよ(苦笑)。余計な魂胆は持たずに、ただ目の前のことに精いっぱいぶつかっていくだけ。不器用なんでしょうね。正直、恋愛なんかもそうです。芝居も、恋愛も、狙ってやったことはひとつもない(笑)」

 石田さんが出演する舞台「夫が多すぎて」は20世紀初頭のイギリスが舞台。演じるのは、戦争で夫を亡くした主人公の再婚相手で、原作はサマセット・モームが100年前に描いたコメディーだ。

「台本を読んでみて、レトリックはもちろん美しいんですが、それよりも、人間の愚かさやおかしみが描かれているところが、僕は素晴らしいと思いました。人間への目線が、すごく温かい。そういう人間の弱い部分、ダメなところが描かれた作品に呼んでもらったことが、さっきの、僕の一貫した役に対する取り組み方を酌んでいただいたような気がして、嬉しかったですね」

 過去には、正直すぎる言動もあって、マスコミからバッシングを受けたこともある石田さんだが、今は周囲ととても平和的な関係を築いているように見える。

「芝居では、自分のありのままをさらけ出すこと。家族や恋人には、変わらぬ愛情を持ち続けること。それだけです、ずっと貫いてきたのは」

週刊朝日  2014年11月7日号