『裁判長!死刑に決めてもいいすか』(朝日新聞出版)など多数の著書があるフリーライターの北尾トロ氏。とある不倫事件から始まった裁判を傍聴した北尾氏が、法廷で起きた破茶滅茶なエピソードを語った。

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 被告は40代半ば、やつれた姿の女だった。容疑は恐喝未遂。かつて不倫関係にあった男に「あなたが私にしたことは結婚詐欺」だったからと1700万円を要求したのだ。自宅まで押しかけて騒ぎ、相手の妻に断られると、誹諾中傷を書いた紙を貼って恐怖を与えた。さらに携帯電話に何度もメッセージを吹き込み、警察の注意を受けてもそれをやめなかったという。

 目的は金ではなかった。不倫時代に貢いだ金がその程度だったので書いたが、もらえるとは思ってなかった。被告はそう否定したが嘘だろう。留守電に残されたメッセージはこうだ。

「とりあえず100万円持って来なさい。1700万って書いたでしょ。そしたらせめて100万なり10万なり払おうとするのが普通じゃないですか!」

 10万って……ダンピングしすぎだろう。被告は生活保護を受けており、生活が困窮していたようだ。友人と話しているとき男の電話番号が変わっていないことを知り、脅せば少しは金になるかもともくろんだ。昔の男に未練があったのか。あるいは幸せに暮らしているのがわかって嫌がらせしたくなったのかもしれないが、動機は金と考えるのが自然だ。争点もなく、訴えた側も被告を不偶に思っているのか、今後二度と接触しないことを条件に、示談に応じる構えを見せているという。

 被告人尋問で、不倫時代の経緯が述べられた。ふたりの出会いは約20年前。付き合って3年目には、結婚したいから離婚が成立するまで待ってくれと言われていた。それを信じて交際10年、その間には2度も男の子どもを身ごもり、どちらも流産したという。男の妻とも面識があったというから、当時も一悶着あったのかもしれない。

 とはいえ、別れて以後は連絡を取ることもなく過ごしてきたのだ。恋心がバネになったと考えるのは無理がある。しょうがない、他の恋愛事件を探すか……。

 そのときだ。不倫時代に多くの金を貸したのを思い出した、とでも発言させたかったのか、弁護人が、男に連絡した理由を尋ねたところ、予想外の答えが返ってきたのだ。

「1年ほど前から韓国の方とお付き合いし、結婚話が出たのですが、昔のこと(不倫経験)を知られ、その相手ときっちり別れてからでないと結婚できないと言われました」

 別れて早10年。いまさらきっちりも何もないのでは。

 しかし、驚くのはまだ早い。結婚話が出た相手が大物なのである。

「相手はシム・チャンミンさんです。東方神起のメンバーの方です。で、私も昔のことにけじめをつけようと。騙された思いもありましたから、(被害者と)ちゃんとした話をしたかったんです」

 この爆弾発言に、法廷は一瞬静まり返った。弁護人にとっても想定外の内容だったのだろう、どう対応したらいいかわからないといった風だ。

 ぼくも同じである。被告は40代半ばで、言っちゃ悪いがただのおばさん。異国のアイドル歌手との接点があるとは思えない。ましてや相手は20代の若者。ないよ、それはない。仮に相手が熟女好きだとしても、この話を信じるわけにはいかん。

 しかし、被告は思いつきでデタラメをしゃべっている様子ではない。だとするなら、考えられるのは妄想だ。被告はシム・チャンミンとの交際が2012年12月に始まったと証言した。おそらくライブを見るなどして、ナマの姿に触れたのだろう。以前から好きだったのかもしれないが、その日を境に被告の頭のなかでアイドルスターとの恋物語が始まったのだ。

 妄想は膨らみ、自分とシムが結ばれないのは、過去の男関係のせいだと思い詰めた……。

「(被害者との不倫は)シムさんの親族から調べられたようです」

 どうやって調べるのかなあ、そんなこと。親族なら、生活保護を受けている、親ほど年齢の離れた日本女性との恋愛そのものを危惧しそうなもんだが、現実を直視するようなことは被告の妄想には出てこなかったみたいだ。とにかく過去を清算しなくてはならない。そのためには、急いで連絡を取り、お互い恋愛感情が消えていることを確認し合うことが不可欠。

 自ら生み出した実体のない恋が、今回の事件の原動力だったのか。まあ、連絡した途端、金よこせになっちゃうんだけどね。そこをつなぐ理屈がないものだから、検察も裁判官も被告の発言はスルー。弁護人も精神鑑定を要求するでもなく、何事もなかったかのように話題を変えた。

 情けないね。知り合った経緯など細かく聞いて矛盾を突き、目を覚まさせようとしないでどうする。この事件は執行猶予付き判決か、実刑だとしても量刑1年がいいところ。このままじゃ、またやるぞ。

 というわけで、真実だったらスクープになりそうな国際結婚話は、法廷では“聞かなかったことにしましょう”という扱いになってしまったのだが、ぼくはこの発言、しみじみおもしろいと思ったのだ。スターとの恋、結婚の約束といった、10代の女の子が抱きそうな夢を、40代になってもリアルに感じ取れる。そこから一転、脅迫という手段で金を取ろうと考えついてしまう。このふたつを両立させてしまえる自己暗示力には感服する。

 恋や結婚をファンタジーに終わらせず、ちゃっかり利用して、自分が最も必要とする“現金収入”に結びつけようとするなんて、平凡な男にすぎないぼくには想像もできないことだ。

 もしも金をせしめていたら、被告はまた同じようなことをしただろうか。永遠に叶うことのない恋が新たに生み出すのは、いったいどんな物語だっただろう。

週刊朝日 2014年1月31日号