大病を患い、余命幾ばくもない父親と、そんな父親の年金を頼りに暮らす息子――。常に、現代の日本が抱える問題と真正面から向かい合ってきた小林政広監督が、今回は、2010年に足立区で発覚した年金の不正受給事件に着想を得て、「日本の悲劇」という映画を製作した。自分の死が近いことを知って、自室にこもり、食事も水も摂ることをやめた父親を演じたのは仲代達矢さん。父親の行動に混乱する息子を演じたのが北村一輝さんだ。

「小林監督とは、デビュー前からのお付き合いです。いつも、嘘のない、人間の本質を捉えた作品を作る監督で、小林監督の作品には無条件で出たいと常に思っています。あんなに映画の中で自分の発信したいメッセージを貫ける、作家性のある監督はなかなかいないじゃないですか。自分が、小林監督のひとつのコマになれるのであれば、それはすごく光栄なことです」

 今回の「日本の悲劇」の中で、北村さんは、“演技”という、俳優に一番必要な技術を使っていないのだという。

「本来僕は、俳優に必要なのは徹底した準備だと思っていますが、今回は相手役が仲代達矢さんで、俳優という肩書を取っ払って、ただ仲代さんのことを“お父さん”としか見ないようにしました。最初に台本を読んでいたときは、自分の父親をイメージしていました。でも実際の現場では、仲代さんが自分の父親だと感じられたし、そう感じさせてくださった。2人だけのシーンが多く、緊迫した時間の中で、ただ感じるままに台詞を言っていただけ。仲代さんは、周りを緊張させずに、やりやすい状況をつくってくださり、すごい方ほど、そういったことにまで気を配れるものなのだということを思い知らされました」

 仕事を選ぶ基準について訊くと、「オファーをいただいたものを、順番にやっています」という答え。俳優としてのビジョンはあっても、「こうあるべき」というふうに決め込んだりはしないのだそうだ。

「多くのものを食べて成長しましたから、これしか食べない、というのはどうかと(笑い)。今まで、おなかを壊したことも何度もありますよ。でも、台本に隙があれば、それを補うのが俳優なんだとも思います。失敗しないように、安全な道を選んで行くと、刺激がなくなるし、小さくまとまってしまうのじゃないか。僕は、俳優としては永遠に発展途上でいたいです」

 子供の頃の夢は、「助演男優賞を取れる役者になること」。深作欣二監督の「蒲田行進曲」に衝撃を受けて以来、いい役者になるという夢をずっと追い続けて、今に至る。

「目の前の仕事をひとつひとつ誠実にこなせることが、自分を強くすることなんだって、最近は思います。役者をやって幸せを感じるとき? 準備をしているときですね。モノづくりをする上では、想像することが一番大事だと思っています。この角度から見たら?この人から見たら?と考えているときが一番ワクワクしています」

週刊朝日  2013年9月13日号