国際政治学者の父と芸術家の母との間に生まれ、バレリーナになることを嘱望されていた女優の桃井かおりさん。12歳でイギリスに留学したが挫折し、20歳のときジャーナリスト・田原総一朗氏の初監督作「あらかじめ失われた恋人たちよ」でデビュー。「芸能界に染まっていない初々しさ」を見初められての抜擢だったが、ヌードになった娘を偶然見た母が卒倒し、父から勘当を言い渡されたという。当時の心境を語ってくれた。

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 俳優になったとき、私はすごく傷ついた。周りも傷つけました。「映画の中だからそれは私じゃない」と思ってたら、私が"そういう人"だということになってた。なんか嘘ついたまんまの感じ。万引きした帰り道に「もしもし、お客さん」っていつ言われるかってビクビクしながら歩いている、あの感じですよ。恋愛にも仕事にも暑苦しくて、あのころの自分は嫌いですね。

 そもそもコンプレックスのかたまりですから。その一つひとつをドロップのように食べてたらおいしくなってきて、こんな女になりましたって感じ(笑)。だって女優が隣の子みたいな顔で出ていいっていう先駆けですよ、私(笑)。デビューしてしばらくは、まつげ用の糊で頬におかっぱの毛を貼ってた。「桃井かおりは前からしか撮れない、横顔を撮れない」って有名だったんですから。「早口言葉ができない」とか「桃井かおりにナレーションは無理だ」とかさんざん書かれた。それが年月を重ねるだけで、それなりに、いや想像を超えたことになってるから人生ってすごいですよね。

週刊朝日 2012年10月5日号

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田原総一朗

田原総一朗

田原総一朗(たはら・そういちろう)/1934年、滋賀県生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。 現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数

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