36人の死者と33人の重軽傷者を出した、2019年7月18日の京都アニメーション放火事件。事件から10カ月以上が経過した20年5月27日には重症の火傷で治療中だった容疑者が逮捕されたが、容疑者の動機を含めて全容はまだわかっていない。

 津堅信之『京アニ事件』は、アニメーション研究者の立場からこの事件を考察した本。
 事件直後、取材の申し込みが殺到したことで<マスコミは、そして一般の日本人の多くは、京都アニメーションという会社を知らなかった──。/このことに私は驚き、またショックでもあった>と著者は書く。

 京都アニメーション(京アニ)はスタジオジブリなどと並ぶブランド力の高い会社なのだ。ただ、主にテレビの深夜帯を作品発表の場にしていたため、知名度は高くなかった。
 しかし、京アニがどれほど愛される存在だったかは、事件が世界中のメディアで報じられ、各国の要人が追悼コメントを出したことからも、国内外から総額33億円以上の寄付金が寄せられたことからもうかがえる。

 同社は1981年、セルに着彩する「仕上」から出発。長い下請け時代を経て、2000年代から「涼宮ハルヒの憂鬱」「らき☆すた」「けいおん!」などのヒット作を生み、作品の舞台を訪ねる「聖地巡礼」ブームのきっかけもつくった。

 この事件はまた、被害者の実名報道をめぐって揺れた。

 遺族の心情はよくわかるとしつつ著者は実名報道は必要だとの立場をとる。なぜなら犠牲者は<常に実名を公表した上で仕事をしてい>たから。<テレビアニメであれば毎週の放送で、クレジットタイトルに制作者として表記される>。ファンはそんなスタッフのひとりひとりにこだわる。つまり<全員の名前が重要なのである>。

 アニメの制作会社のブラックなイメージとはかけ離れた京アニ。作品の質も仕事の仕方も唯一無二だと著者はいう。事件を見る目が変わるはずだ。

週刊朝日  2020年9月25日号