オーラルフレイルのきっかけの一つは「歯の喪失」といわれています。その原因の最たるものが歯周病であり、治療をすすめる理由です。歯を喪失した状態のままでいるとかみ合わせが悪くなり、硬いものが徐々にかめなくなってきます。

 歯周病が進むと残っているほかの歯も徐々にグラグラと不安定になってくるために、進行した歯周病の患者さんは野菜や肉類などを避け、うどんやパンなど炭水化物を好むようになります。

 こうした結果、たんぱく質が不足して筋肉が低下したり、栄養が偏るために体調不良を起こしやすくなります。食べられるものがなくなってくると食に対する興味も低下し、友人からランチに誘われてもおよび腰になってしまうなど家にこもりがちになり、心身ともに衰えやすくなってしまうケースもあるでしょう。

 ではきちんと治療をし、しっかりかめるようになると患者さんはどう変わるのでしょうか? 私は、見るからに元気に、健康になった患者さんをたくさん経験しています。初診時にはやせて、顔色もあまりよくなかった患者さんが「おいしくなんでも食べられるようになって体力がついてきた」というケースが典型的です(ただし、太り過ぎて困っている、という患者さんもおられます)。

 女性の場合は心理面の変化が特に大きいように思います。

 ある50代の女性は初診時には多くの歯が抜けてしまっていて、そのせいか、話しかけてもうつむきがちだったのですが、治療が進むにつれ笑顔が増え、会話が弾むようになりました。きれいにお化粧をして来院され、見た目も変わってきました。しっかりかめるようになると口の周囲の筋肉もついてくるので、実際に顔貌(がんぼう)も美しく、若返って見えるようになります。

 別の60代の女性患者さんは治療をしたことで、からだも心も健康になったととても満足され、

「私はシャネルのバッグを買うより、歯の治療にお金をかけるわ」

 とおっしゃっていました。これは歯科医師としてとてもうれしい言葉でしたね。

 ただし、歯周病をもっと早い時期に見つけて治療を始めればそんなにびっくりするほどの費用はかかりません(歯周病の治療は健康保険が使えます)。

 オーラルフレイル対策のためにも、かかりつけ歯科医を持ち、歯周病対策に努めてほしいと願っています。

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若林健史

若林健史

若林健史(わかばやし・けんじ)。歯科医師。医療法人社団真健会(若林歯科医院、オーラルケアクリニック青山)理事長。1982年、日本大学松戸歯学部卒業。89年、東京都渋谷区代官山にて開業。2014年、代官山から恵比寿南に移転。日本大学客員教授、日本歯周病学会理事を務める。歯周病専門医・指導医として、歯科医師向けや一般市民向けの講演多数。テレビCMにも出演。AERAdot.の連載をまとめた著書『なぜ歯科の治療は1回では終わらないのか?聞くに聞けない歯医者のギモン40』が好評発売中。

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