暗がりの部屋にドーンと置かれた巨大な液浸標本は来館者にとって相当インパクトがあったようだ。しかし、部屋が暗かったため写真撮影は困難で、当時の展示状態を収めた写真は「新江ノ島水族館」にも一つしか残されていないので非常に貴重だ。もし、読者の中で写真を持っている方がいれば、末尾にある私のTwitterに連絡してほしい。

 来館者に衝撃を与えたこの巨大標本の行方を知る者は現在ほとんどいない。

■「神奈川県立生命の星・地球博物館」の奇妙な剥製

 話はそれて、2013年。博士課程の私は、現代社会の陰でひっそりと各地の博物館に眠るマンボウ類の標本の形態を調べ回っていた。「神奈川県立生命の星・地球博物館(以下、神奈川県博)」にも足を運び、保管されているマンボウ類の標本を調べていたのだが、その中で一つだけ、奇妙な剥製標本があった。

 館内の高い所に展示されているその剥製は一見すると“マンボウMola mola”に見える。しかし、“マンボウ”にしては背鰭と臀鰭が長く、舵鰭(尾鰭に見える部位)の鰭条数も多い気がする。ヤリマンボウMasturus lanceolatusにも見えるが舵鰭鰭条数が少ないし、舵鰭の形状もどこかおかしい。わからない……心をざわつかせたが、種同定は保留にしておいた。

 時は流れて、2018年。研究は進み、私はウシマンボウMola alexandriniの学名を特定した論文を出版した。その後、神奈川県博の剥製はもしかしたらウシマンボウだったのではないか?と思い出し、改めて写真やデータを見直してみた。

 すると思った通り、マンボウ科の中でウシマンボウの特徴と最も一致することがわかった。それまで“マンボウ”と思われていた剥製は、「剥製化による変形(生鮮時より長さ・高さ共に25センチ前後縮小)」と「舵鰭の形態異常(奇形か捕食生物にかじられて波打って見える)」によって同定を困難にしていたのだ。

■「江の島水族館」の巨大マンボウの行方と真の正体

 一見関連のない二つの標本を私がなぜ話してきたのか? 勘のいい方はもう察しがついたことだろう。そう、神奈川県博の剥製の由来を調べると「江の島水族館」のホルマリン標本と一致したのだ。

 つまり、「江の島水族館」のホルマリン標本の真の正体はウシマンボウで、剥製となって神奈川県博オープン時(1995年)から展示されていたのである! ホルマリン漬けの状態からかなり変形したため、気づかずに見ていた方もいることだろう。気になった方はぜひ、新型コロナが終息した後に神奈川県博に足を運んでほしい。

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