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教育勅語は本当に「今でも十分通じるものがある」のか?

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教育勅語の写し (c)朝日新聞社

教育勅語の写し (c)朝日新聞社

 国有地売却問題の渦中にある学校法人「森友学園」(大阪市)が経営する幼稚園は、園児に「教育勅語」を暗唱させる独特の教育方針で話題となった。いまこの教育勅語にあらためて注目が集まっている。教育勅語とはそもそも何なのだろうか? 毎月話題になったニュースを子ども向けにやさしく解説してくれている、小中学生向けの月刊ニュースマガジン『ジュニアエラ』に掲載された、文教大学生涯学習センター講師・早川明夫さんの解説を紹介しよう。

*  *  *
 教育勅語は大日本帝国憲法発布の翌年、1890年に発布された教育方針で、明治天皇が「臣民(天皇に支配される人民)」に下したものである。ヨーロッパやアメリカの民主主義が普及し、天皇を中心とした日本の国の制度が壊れるのではという危機感から明治政府がつくったものだ。

 内容は、親孝行、兄弟(姉妹は明記されず)仲良く、夫婦仲むつまじくなど、14の徳目が示されている。だがその中核は、「万一危急の大事(戦争)が起こったならば、大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げて皇室国家の為につくせ」というところにある。いざというときには天皇のために命をかけて戦いなさい、ということである。

 教育勅語が発布されるとそれを写した文書が「御真影(天皇・皇后の写真)」とともに各学校に配られ、祝日や学校行事のときに読み上げられた。当時の子どもたちは、学校の儀式などを通して、天皇のために忠義をつくす臣民に仕立て上げられていった。

 ところで、教育勅語の徳目には今でも十分通じるものがあるとして、教育勅語の復活を主張する人がいる。しかし、この見方は字面だけの理解にすぎない。

 たとえば親孝行といっても、教育勅語に書かれた親孝行は今日のような親子関係ではなく、子は父親に絶対服従という大前提があった。夫婦関係についても同様、当時の民法で妻は「無能力者」扱いで、法律上の行為には夫の許可が必要であった。女性には参政権もなく、教育の機会も男女均等ではなかった。こうした女性に対する差別は枚挙にいとまがない。現代の基本的人権に基づく考え方に照らすと「今でも十分通じるものがある」とはとても言い難い方針といえよう。


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