国民栄誉賞・伊調馨 まさにサムライ…満身創痍の「レスリング人生」を振り返る (1/4) 〈dot.〉|AERA dot. (アエラドット)

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国民栄誉賞・伊調馨 まさにサムライ…満身創痍の「レスリング人生」を振り返る

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リオ五輪で女子では史上初の五輪4連覇を達成した伊調馨。(写真:Getty Images)

リオ五輪で女子では史上初の五輪4連覇を達成した伊調馨。(写真:Getty Images)

 女子選手で史上初の五輪四連覇を達成し、国民栄誉賞を受賞したレスリングの伊調馨。彼女は、国内外のメディアでしばしば「SAMURAI(サムライ)」と呼ばれている。「どうして、そう呼ばれるのかわからない」と伊調自身は言うが、エキゾチックな容姿、優勝した直後でも試合内容に厳しい自己採点を繰り返す様子が、そう言わせるのだろう。レスリングに集中する姿ばかりクローズアップされるため厳しくストイックなイメージが強いかもしれないが、小学生になったばかりのころは、対戦相手の顔が怖くて試合ができなくなったほど繊細な女の子だった。

 伊調自身は「いつが初めてなのか覚えていないけど、物心ついたころ」の3歳からレスリングを始めた。とはいえ、最初からずっと続けようとは思っていなかった。兄の寿行さん、アテネ・北京五輪銀の姉・千春さんが地元八戸のレスリング教室へ通い始めると、一緒にマットで転がって遊び、その延長で始めたことだ。ところが、前述の「ジャガイモみたいで本当に怖い顔だった」相手との試合後、負けたことが悔しくてレスリングを続け、翌年、同じ相手に勝って優勝した。

 世界を目指す気持ちが具体的になったのは、3歳上の千春さんがレスリングで強くなるために京都の網野高校へ進学してから。誰に強制されるわけでもなく「きっと、自分も同じような進学先を選ぶだろうな」と思い続け、15歳で愛知の中京女子大学付属高校(現・至学館高校)へ進学した。三兄妹のなかでもっとも学業成績が良いのにスポーツで進学するのかと内心、親は惜しんだが、娘の決断を尊重した。


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