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石積み職人集団「穴太衆」の末裔が語る「熊本城」修復にかかる課題とは!?

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被災した熊本城 (c)朝日新聞社

被災した熊本城 (c)朝日新聞社

 難攻不落の名城と言われた熊本城が、熊本地震で大きな被害を受けた。石垣が崩れ、二つの櫓(やぐら)が倒壊、天守閣のしゃちほこが崩落……。目を覆う惨状に「修復できるのか?」と不安が募る。そこで、戦国時代より石垣を築き上げてきたプロ集団「穴太衆(あのうしゅう)」の末裔による建設会社、粟田建設(本社・滋賀県大津市)の代表に復旧へ向けての課題を聞いてみた。

【写真特集 石垣が崩れた熊本城…】

 穴太衆とは?―― 戦国時代以降、石垣のある城が一般的となり、穴太衆は織田信長の安土城をはじめ、 豊臣秀吉、徳川家康ら全国の大名から石垣づくりの要請を受けた。彼らが石の組み方を考える際には、石の集積場に行き、たくさんの石の周りを1、2日かけて周りながら、ひとつひとつ違う石の性質を把握し、頭の中に配置を組み上げるとか。「石の心の声」を聞くことができる職能集団である。

 穴太衆積の技法は今日まで、口伝で継承されている。秘伝というよりは、文字に表現することが難しいから。穴太衆は石の目利きであり、独特の空間認識能力を備えた職人の集まりなのだ。粟田建設は穴太衆の末裔であり、安土城、彦根城、竹田城跡などの石垣修復を手掛けてきた。巧みな技術で、現代建築への応用にも貢献している。


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