これらの地域コミュニティと宗教は、労働スタイルの変化=サラリーマン的な労働の誕生によって奪われた側面もあるが、一方で、実は会社自体がそれらを補完していたとも、上田氏は指摘する。

 会社におりさえすれば、地縁や血縁といった本物の地域コミュニティと関係が切れていても、「社員は家族」というような大家族的な社風から、会社で同僚や上司たちと“コミュニティ”を形成できた。また、終身雇用が保障された会社に身を委ねていれば、会社はいわば自分を絶対守ってくれるという“宗教”に近い存在だった――というのだ。

 つまり、人が生きて行く上で、心の拠り所になってきた地域コミュティと宗教は、労働スタイルの変化によって形が変わったものの、それらを会社が代わりに担ってきたことですべて丸く収まってきたというわけだ。

 だが、会社はバブル崩壊後、成果主義の導入と新自由主義の台頭によって、これらをすべて手放してしまった。一方、現代のビジネスパーソンは、依然として心の拠り所が失われたままの状態で、会社に身を捧げ続けている。

 本書では、なぜ今「逃げ場」が必要であるのか、その意義を明らかにしている。その上で、失われた心の拠り所を生み出す「逃げ場」を改めて提唱する。この場合の「逃げ場」とは、会社のみの単線的な生き方から脱して、人生を複線化することを意味する。

 複線化した生き方――その代表例として本書では、京都府綾部市に在住する塩見直紀氏が提唱する半農半Xを紹介。生活の半分を、自分や家族が食べていけるくらいの小さな農業を営み、もう半分を自分の能力や特技を社会に活かせる天職(X)に用いるというものだ。

 上田氏は、半農半Xのような人生の複線化に行き着くヒントとして、毎年2週間の有給休暇を推奨している。休暇を積み重ねていくことで、次第に自分の中に会社とは別のライフワークともいえるテーマが浮かび上がり、必然的に複線化の道をたどるという。

 会社を心の拠り所とすることが出来なくなった現代において「逃げ場」を見つける……つまり人生の目標を再発見し、新たな道を模索していくことは、以前にも増して我々日本人の重要課題となっているのかもしれない。