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やっぱり懐かしい!? 松本清張が描いた昭和の北陸

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『ゼロの焦点』の舞台となったヤセの断崖(写真提供:石川県観光連盟)

『ゼロの焦点』の舞台となったヤセの断崖(写真提供:石川県観光連盟)

映画「疑惑」の撮影が行われた千里浜なぎさドライブウェイ(写真提供:石川県観光連盟)

映画「疑惑」の撮影が行われた千里浜なぎさドライブウェイ(写真提供:石川県観光連盟)

  北陸新幹線の金沢延伸は首都圏と北陸の距離感を一変させた。東京―金沢間を2時間28分で結ぶ最新型の車両に、かつての「裏日本」のイメージはない。そこで、時代にあえて逆行して昭和の風情たっぷりの“松本清張的・北陸紀行”はいかが? 映画に残る昭和の面影と、平成の風景を見比べてみるのもいいかもしれない。

 松本清張の『ゼロの焦点』と『疑惑』は、石川・富山が舞台である。北陸の自然や暮らし、気質、「北陸は東京から遠く離れた場所」という意識が作品のテーマと密接につながっている。映画化は『ゼロの焦点』が1961年(監督・野村芳太郎)と2009年(同・犬童一心)、『疑惑』は1982年(同・野村芳太郎)で、いずれも再三にわたってテレビドラマ化された。

 『ゼロの焦点』の連載開始は1958年である。新婚の夫が出張先の金沢で消息を絶ち、妻・禎子は足取りを追って金沢、能登を巡る中、連続殺人事件に巻き込まれていくというストーリーだ。夫が隠した暗い過去と北陸の冬空の暗さが相まって、スクリーンには重苦しい空気が漂う。クライマックスでは、石川県志賀町の「ヤセの断崖」で真相が明らかになる。

 ヤセの断崖とは、能登半島の西側に約30キロメートルにわたって険しい岩場が続く「能登金剛」という海岸線の、北端にある、ひらたい場所だ。付近の土地がやせていたことや、断崖に立つと身が「やせる」思いがすることから、「ヤセ」の名がついたとされる。

 『ゼロの焦点』以降、観光スポットとしても認知度を高めた「ヤセの断崖」は、2007年の能登半島沖地震で、突端の部分が幅10メートルほど崩落した。高さ35メートルの崖から望む日本海の絶景は変わらないが、厳密にいうと足元の位置が少し変わったということだ。展望台は手前に移され、危険な場所は立ち入り禁止となっている。

 野村監督が『ゼロの焦点』から21年後に手掛けた『疑惑』は、桃井かおりと岩下志麻の競演が話題を呼んだ一作。資産家の夫と桃井が演じる鬼塚球磨子が乗った車が富山湾に転落し、夫は水死。球磨子は保険金目当ての殺人犯かと疑われ、岩下演じる弁護士が法廷で真相を明らかにする。

 映画は富山・石川両県でロケが行われた。冒頭、球磨子の運転で千里浜なぎさドライブウェイを走行するシーンがある。ドライブウェイは石川県羽咋市と宝達志水町にまたがっており、千里浜の砂は粒が小さくそろっているため、海水を含むと締まり、硬くなるので、車やバイクに乗って波打ち際を走ることができる。こちらも人気の観光スポットだ。

 千里浜の風景も昭和と平成では趣が異なっている。近年は浸食が進み、約20年前に砂浜の幅は約50メートルだったのが、海岸線が後退した。2011年までに幅35メートルとなったため、危機感を抱いた石川県は同年に「千里浜再生プロジェクト委員会」を立ち上げ、環境保全や啓発活動に乗り出している。

「昭和の北陸を見たい」と懐かしい思いでDVD観賞をすると、鉄道の旅は時代を反映していることが分かる。『ゼロの焦点』では夫の安否を気遣う主人公が上野を出発し、11時間かけて金沢へ向かう。奥能登へ向かった北陸鉄道能登線は1972年に廃線となり、今はない。

『疑惑』のラストシーン、球磨子は富山駅から特急「加越」に乗り、米原方面へ向かう。古い駅舎や、ホームはもうない。加越もしらさぎに統合され、北陸新幹線と重複する区間は廃止された。

「昭和は遠くなりにけり」

 清張が描いた北陸は趣を一新した感がある。しかし、変わらぬ風景もあるはずだ。富山市の中心市街地から望む立山連峰は? 小松市内にある那谷寺は? ぐっと近くなった北陸への旅をどうぞ。

(ライター・若林朋子)


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