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30年ぶりの母校で講演

文・中島かずき

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 高校に入学したら漫画研究会に入ろうと思っていました。
 中学では、部活動は運動部しかなかったため、どこにも所属していませんでした。放課後、友人達が部活動にいそしむ中、一人先に下校する。
 いわゆる帰宅部です。

 中学校までは、学校は勉強と運動をやるところ。文化的な施設といえば図書館くらいのもの。文化祭も研究発表が中心。35年前の九州の片田舎では、運動ができてこその男子という雰囲気があり、運動が苦手な僕なんかはどことなく肩身が狭い思いをしたものです。
 運動部に入部する気はさらさらないので自分が選んだ道なのですが、放課後一人でさっさと帰るのはどこか寂しいものがあったのも事実です。
 高校になれば、文化系の部活動もある。そういう思いを払拭できるのかなと、淡い期待をしていました。
 ところが、高校に入り、漫画研究会を探したけれど見あたらない。その前の年、高校の文化祭を見学に行き、漫研があることは確認していたのです。先輩に尋ねたところ、前年度で漫画研究会はつぶれていました。

 さて困った。
 文化系の部活でも、他にとりたてて入りたいクラブもない。ああ、高校も帰宅部になるのかと、放課後友人と学内をウロウロしていると、講堂の裏手から妙な声が聞こえる。
 なんだろうとのぞいてみると、男女合わせて10人くらいの生徒が大口開けて発声練習している。
 これが演劇部との出会いでした。

 妙に気さくで陽気な先輩達が、なんだかよくわからない一年坊主が紛れ込んだのをこれ幸いと、次々に仕事を与えてくる。もうすぐ新入生歓迎公演があるから、とりあえずそれを手伝ってくれと、最初は大道具の手伝いからスタートして、いつの間にか照明のスタッフになっていました。
 それまで自分が演劇をやるなんて想像したことすらなかったのですから、この講堂裏の交通事故のような出会いがなければ、芝居に関わることなんてなかったかもしれない。
 振り返ってみれば、高校入学して数日目のあの瞬間が、自分の人生の大きなターニングポイントだったんですねえ。

 先週、その出身高校に行く機会がありました。
 ざっと30年ぶりくらいです。
 校舎などは元のままでしたが、思い出深い講堂は壊されて、新しい立派な講堂に建て変わっていました。
 その講堂で在校生相手に講演をしてきました。
 将来の進路に迷っている生徒達に先輩からの言葉をという趣旨だったので、脚本家という仕事についてと、出版社の社員としての仕事。そして高校時代に演劇に出会ってから、現在までの流れなどを喋ってきました。
 生徒の皆さんにどういう風に聞こえたか、はなはだ不安です。
 おこがましいかもしれませんが、一人でもいいから、こんな男が先輩にいることが、何かの希望やきっかけにつながればいいなと、願います。


(更新 2010/5/27 )


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中島 かずき(なかしま・かずき)

 劇作家、脚本家。福岡県出身。1985年より劇団☆新感線の座付き作家に。「阿修羅城の瞳」「髑髏城の七人」などの物語性を重視したエンターテイメント時代活劇"いのうえ歌舞伎"を多く生み出す。「アテルイ」で第47回岸田國士戯曲賞受賞。コミック原作や、アニメ「天元突破グレンラガン」(07、09)脚本・シリーズ構成、「仮面ライダーフォーゼ」(11)メイン脚本など幅広く活躍。脚本を手がけた「真田十勇士」(演出:宮田慶子、主演:上川隆也)が8月から上演される

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