かつて空港予定地だった兄島の中央部。乾性低木林という小笠原独特の生態系が最も広範囲に残る
かつて空港予定地だった兄島の中央部。乾性低木林という小笠原独特の生態系が最も広範囲に残る
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村民に配布されたTSLのパンフレット。中止は村にとっては全くの寝耳に水で、決定してから知らされた。小笠原村のホームページにある「村民便り」2005年12月号を見ると、突然の就航中止を受けた戸惑いが紙面からにじみ出ているようだ
村民に配布されたTSLのパンフレット。中止は村にとっては全くの寝耳に水で、決定してから知らされた。小笠原村のホームページにある「村民便り」2005年12月号を見ると、突然の就航中止を受けた戸惑いが紙面からにじみ出ているようだ
写真は2009年。空港開設を願う村によるこの垂れ幕はこの30年間、文言を変えながら掲げられている
写真は2009年。空港開設を願う村によるこの垂れ幕はこの30年間、文言を変えながら掲げられている
兄島空港計画のさなか、空港推進の住民により作られた「小笠原空港新規事業化期成同盟」のパンフレット
兄島空港計画のさなか、空港推進の住民により作られた「小笠原空港新規事業化期成同盟」のパンフレット
父島南部、時雨山周辺の急峻な山並み。ムニンツツジなど固有の植物も棲息している
父島南部、時雨山周辺の急峻な山並み。ムニンツツジなど固有の植物も棲息している

 2016年10月8日。小池百合子都知事が小笠原諸島を訪れ、空港建設について前向きな発言をしたというニュースを聞いて「えっ、小笠原って空港がないの?」と思った人も多いだろう。東京から南南東へ約1000キロ。現在のアクセスは定期船「おがさわら丸」のみ。所要時間は24時間、就航は約6日に1便である。

 日本でこれほど本州と距離があり、時間がかかる場所はほかにない。なぜ空港がないのか。計画がなかったわけではない。以下、これまでどのような計画があったのかおさらいしてみた

1.兄島空港案
 1988年。鈴木俊一都知事(当時)が、小笠原返還20周年記念式典の席上で小笠原空港建設に言及し兄島が適地と発言。計画は兄島の中央部に1800mの滑走路を持つ空港を建設、ボーイング737クラスの中型ジェットを1日3便程度就航させるという大規模なものだった。兄島は小笠原の中心地である父島のすぐ北にあり、船か、新たにロープウェーを建設し空港と父島をつなぐ計画もあった。

 もしこの計画が実現していたら、小笠原はおそらく世界自然遺産になることはなかっただろう。なぜなら建設予定地は、遺産登録された理由「小笠原独自の生態系」がもっとも広範囲に残っている場所だったからだ。

 小笠原は急峻(きゅうしゅん)で山がちな地形であり、工事が必要ではあるが1800mという長さの滑走路を確保できるのはここしかなかった。当時、兄島中央部は国立公園の「普通地域」だった。後に世界自然遺産となるほど貴重な生態系が返還当初すでに確認されていたにもかかわらず普通地域だったのは、当初からここを空港予定地にするつもりだったのではと臆測も(現在は特別保護地区)。

 この計画には小笠原の自然を愛する住民や、小笠原をフィールドとしている自然科学系の研究者、自然保護団体、小笠原リピーターの観光客団体などから見直しを求める声があがったが、一方で空港建設を推進したい住民は「小笠原空港新規事業化期成同盟」を結成し、署名集めや陳情を行った。

 当時の小笠原の人口は約2000人(現在は約2600人)。そこにこれだけの規模の計画が持ち上がったのは当時の日本がバブル景気に沸いていたことと無縁ではないだろう。結局この計画は、環境庁(当時)が「兄島に空港を造ることは容認できない」と見解を示し、これを受けて都の小笠原空港推進会議が断念することで終わる。1996年のことだ。世の中の環境意識が高まったこともあるが、バブル景気が去ったあとだったことも影響しているだろう。

 同時期に、民間組織の提案による水陸両用機を導入する案や、民間会社からやはり水陸両用機で横浜~小笠原を結ぶ案が出されたりもしたが、いずれも実現に至らなかった。

2.父島・時雨山(しぐれやま)案
 兄島を断念した東京都は候補地を再度選定。1998年に浮上したのが父島南部の時雨山案である。時雨山周辺はいくつもの山が連なり、谷筋が一カ所に集まる巨大な集水地形を作っている。実際、父島の水源でもある。大規模な土木工事を行うことで平らな地形を確保する予定だったが、1999年に石原慎太郎氏が都知事に就任後、採算や環境面で難色を示し、その後、東京都が設置した「小笠原自然環境保全対策委員会」が否定的意見をまとめ都に提出、これを受け2001年に東京都は計画を断念した。

 時雨山案が撤回となってから、陸上空港は実質凍結状態だった。そして次に浮上したのは飛行機ではなく船「テクノスーパーライナー(TSL)案」である。

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