埼玉県八潮市。つくばエクスプレスの八潮駅前にはいかにも郊外といった風情の大型ショッピングモールが立つ。道路は広々としており、公園や林など自然も多く、東京23区と接しているとは思えないローカル感が漂う。
八潮は「ヤシオスタン」の異名でも知られている。ペルシア文化の影響の強い地域で「~の土地、場所」を意味する「~スタン」と名付けられた八潮には、多くのパキスタン人が住んでいるのだ。
「8、9割くらいが中古車関連じゃないかな」
と話すのは、パキスタン料理店「カラチの空」を経営するザヒッド・ジャベイドさん(50)。店頭にはパキスタンの衛星放送が流れ、店内に入ればスパイスの香りとウルドゥー語の装飾、パキスタンの観光地を描いた絵画や写真が出迎えてくれる。ヤシオスタンのパキスタン人たちの憩いの場だ。
「1990年代から日本の中古車市場に参入するパキスタン人が増えたんです」(ザヒッドさん)
日本では廃車寸前の、5万円程度の中古車でも、パキスタンに輸出して売れば数倍の値段になる。フィリピンや南アフリカなども含めて、途上国への中古車販売という分野に着目したのが、パキスタン人だったという。
八潮には中古車のオークション会場がある。出入りしているのは、日本人よりもパキスタン人のほうがはるかに多いそうだ。周辺の越谷や野田、岩槻、足立区などにも会場があり、ヤシオスタンはその中心地としてパキスタン人の生活の場になっていった。いまでは150人ほどのパキスタン人が暮らす。
政府の政策も後押しする。中古車の持ち込みの際にかかる関税を、半年につきひとり一台までなら免除する措置をとっていたのだ。外貨獲得のため、海外への出稼ぎを奨励する制度だった。
在日パキスタン人の間で中古車販売は代表的なビジネスとして育ち、現在では解体業や、タイヤ専門、バッテリー専門で売る業者、中古バイクや自転車を手がける人など、細分化を遂げている。
そんな中、ザヒッドさんのような料理店はレアケースといえる。
「80年代までは、車じゃなくてじゅうたんを扱うパキスタン人が多かったね」(ザビッドさん)