内田:先ほど「距離をとる」ことのたいせつさを指摘しましたけれど、危険なものと適切な距離をとることを漢字では「敬」と書きます。「鬼神は敬してこれを遠ざく」という言葉が『論語』にある通り、よくわからないものにはうかつに近かづかず、ていねいに観察し、適切な手順で応接することが身を護るためには必要です。ソーシャル・ディスタンシングのように他者と適切な距離をとることも「敬」ですが、その一方、親族でもなく隣人でもない人たちと中間共同体を構成して、公共的な活動をしようと思うなら、そこにも「敬意」や「慎み」が必要になります。「適切な距離をとること」が人新世の基本的なマナーになるのかなと私は考えています。

斎藤:今は、ネットでつながっているけど、結局みんなバラバラで、孤立していますもんね。人新世の危機が深まるなか、資本主義から地球というコモンを守り、再生するための野心的な試みがますます重要になってきているのです。

(構成/本誌・西岡千史)

※この記事は、2020年11月28日に内田氏が主宰する道場「凱風館」で行われた対談を再構成したものです。

内田樹(うちだ・たつる)
1950年生まれ。神戸女学院大学名誉教授。思想家、武道家。凱風館館長。専門はフランス現代思想、教育論など。近著に『コモンの再生』(文藝春秋)。2021年1月7日に『日本戦後史論』(朝日文庫、白井聡氏と共著)を発売

斎藤幸平(さいとう・こうへい)
1987年生まれ。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。現在は大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。専門は経済思想、社会思想。近著に『人新世の「資本論」』(集英社新書)

※週刊朝日 2021年1月1・8日号掲載記事に加筆