小豆島はフェリーの着く港が六つもあり、人口2万数千人という大きな島だ。7年前に東京から移住した内澤旬子さんは、島内八十八カ所の霊場を歩いて巡る遍路をした。その体験をもとに『内澤旬子の島へんろの記』(光文社/1600円・税抜き)を書き上げた。
「小豆島にお遍路があることはあまり知られていないんです。自分も歩いてみたかったし、もう一回、般若心経を唱えてみようかなと」
中学生のとき立原正秋の小説にひかれ、彼が家の近くの北鎌倉の円覚寺に参禅していたことから、大学生になると座禅会に参加した。大学では仏教美術や宗教哲学を学んだ。しかし、オウム真理教事件が起きて、宗教やスピリチュアル系のものとは距離を置くようになる。
「一切無理という感じだったんですけど、だんだん拒絶するのにも疲れてきて、少し考え直してみようか、そろそろ謙虚に祈るのも悪くないかな、と思ったんです」
執筆の仕事と、飼っている5頭のヤギの世話をしながら、日帰りの歩き遍路を何回も重ねた。ただ、内澤さんには道に迷いやすい性質がある。毎回、車やバスで目的地の近くまで行き、歩き始めるのだが、道標を見落としたりして迷う。読んでいるほうも、一緒に島をさまよっている気分になってくる。
「道に迷うのが怖くて、一歩も間違えたくないと思っているのに、人生では山ほど迷走している。不思議だなと思いながら歩いていました」
内澤さんは海外を回って『世界屠畜紀行』を書き、がんを患い、離婚、島への移住、ストーカーとの闘いなど、実に起伏の多い人生を歩んできた。
「興味のあることに先へ先へと進んでいくときには、アドレナリンがワッと出ちゃうんです。ストーカーのトラブルでも、負けないぞ!と闘志が湧いてくる。危機的状況のほうが生き生きしてしまう。アクシデントに強いんです」
今回のお遍路紀行もそうだが、これまで出してきた本の大半は、取材して聞いた話を書くというより、自分の体験をもとにしている。
「農家の人や狩猟者の生の声は、対等な立場に身を置いて、一緒に体を動かしてみないと引き出せない気がするんです。同じ目線で彼らの体験を探りたい。だから自分で家畜を飼ったり、狩猟をしたりしています」
微笑ましいのは、遍路の途中で5頭のヤギに思いをはせる場面だ。日が暮れてくると餌の時間に間に合うように帰りを急ぎ、おいしい草が生えている場所を見つけると、刈って帰りたいと思う。ヤギの飼育は草との闘いだという。
「まずい草を持っていくと、なぜこれを持ってきた? 違うでしょう?みたいな顔をして、食べずにじっとしてるんですよ。1頭ずつ好みがあるんで困っちゃいます。四季の草を見て雑草の名にくわしくなっていくのも、すごく楽しいんです」
海、山、住宅街と変化に富んだ遍路の面白さに加え、島での暮らし、海を見渡す絶景まで味わえる。(仲宇佐ゆり)
※週刊朝日 2021年2月26日号