スポーツビジネスが発展している米国など海外では、選手や監督、コーチのメディア・トレーニングを重視。立ち振る舞いや受け答えの質を高めることで、競技全体の価値を上げていこうとする戦略だ。そうすることでステークホルダーは、収益の最大化を図る。テニスでも、一定の成績以上の選手にはメディア・トレーニングを受けさせているという。
男子テニス世界ランキング1位のノバク・ジョコビッチ選手が会見拒否について意見を問われ、「(自分としては)会見は仕事の一部だと思う」と答えたのは、こうした背景を踏まえれば、理解しやすいだろう。とはいえ、選手が一方的に搾取されているわけではない。
「競技の環境を整えてパフォーマンスを高めたい選手と、収益の最大化を目指すステークホルダーとは、競技を人気にするという点で8割方同じ方向を向いています。特に、マイナーなスポーツは人気がそれほどないのでわかりやすい共闘関係にあります。しかし、商業化され過ぎると片方の利益が片方の不利益につながるなどバランスが崩れてくる。大坂選手が訴えかけたのは、このバランスを少し考え直しませんかということだと思います」
おそらく大坂選手は「テニスの人気が落ちてもいい」とは思っていないだろうし、プロ選手としての役割も認識しているだろう。ただ、パフォーマンス以外で求められる役割の負荷が大きくなってきたのではないか。例えば、大坂選手くらいの人気と知名度があれば会見では競技以外のことを聞かれるし、しかも今は、SNSがあって世間の反応が可視化される。
「僕が現役だった時よりも何倍も心の負担は大きいと思います」
さらに、人気競技のトップ選手の場合は、広報をサポートするエージェントも絡む。社会において選手をどのような位置付けにするかというブランド戦略も図られていく。
「大坂選手は女性活躍や多様性の象徴のようなイメージありますよね。もちろん本人も意識していることではあったと思うのですが、時代の流れや世間の反応、スポンサーやエージェントの思惑などが合わさって想像以上に期待が大きくなっていった可能性はあります。向かう方向は選べても、関係者が多くなるとどんな大きさになるかがコントロールできないことがあります。シンボルが、本人がコントロールできないくらいに大きく膨らんで、ちょっと重荷になっていたのかもしれません」