『Donda』カニエ・ウェスト(Album Review)
『Donda』カニエ・ウェスト(Album Review)
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 当初の予定から約1年を経て2021年8月29日に“ようやく”リリースされたカニエ・ウェストの新作『Donda』(ドンダ)。新型コロナウイルスの影響により先延ばしに……という理由もあるだろうが、それがなかったとしても(おそらく)だろう。

 ようやくリリースされたはされたが、ストリーミング解禁後「レーベルが許可なく発売した」とSNSで指摘し、早速波紋を広げている。しかもダベイビーをフィーチャーした「Jail, Pt. 2」という曲の収録も見送られたとのことで、まだひと悶着ありそうな予兆をみせた……が、フタを開ければ24曲目にクレジットされていて、現在はストリーミングも可能。権利上の問題だったようだが、相変わらずの“お騒がせ”っぷりは健在か。

 同曲は、ダベイビーの他にデム・ジョインツ、そしてマリリン・マンソンがゲストとして参加した話題曲。ダベイビーといえば、前月に開催された音楽フェスティバル【Rolling Loud】で同性愛嫌悪発言と受け取れる問題発言し大炎上を起こしたばかりだが、そういった内容には触れておらず、理不尽な扱いや不条理な社会、人間への恨み・つらみが綴られている。クリスチャン・ロック風のトラックの乗せたマリリン・マンソンとの「今夜、刑務所に行くのは誰だ?」という陰鬱なコーラスも凄い。

 リリース直前に開催された3回目のリスニング・イベントで披露された「Jail, Pt. 2」だが、同イベントでは「ジェイ・Zのヴァースがダベイビーに差し替えられた」ことも話題になった。なお、本作には2曲目に「Jail」というタイトルで収録されており、ジェイ・Z(バージョン)と聴き比べることができる。サウンド面において大きな変化はないが、原曲ではマリリン・マンソンの代わりにデム・ジョインツがコーラスを務め、より宗教的な要素を強めている。サンデー・サービス・クワイアの豪快なコーラスもすばらしい。

 バージョン違いでは、故ジュース・ワールドについても触れたメディアや業界の背信行為を非難する「Ok Ok」、コム・デ・ギャルソンのデザイナー渡辺淳弥へのオマージュ「Junya」、タイトルに直結した神聖な舞曲「Jesus Lord」の別バージョンが、それぞれ終盤に収録されている。「Ok Ok」は原曲にリル・ヨッティとファヴィオ・フォーリン、パート2にはリル・ヨッティに代わりジャマイカ出身の女性シンガー=シェンシアがフィーチャーされている。シェンシアは、昨年大ブレイクしたロディ・リッチとのコラボ「Pure Souls」にもコーラスで参加した。「Junya」は、プレイボーイ・カルティとタイ・ダラー・サイン、「Jesus Lord」は昨年“43歳の新人”として注目されたジェイ・エレクトロニカが参加している。

 これらの曲や、前月にリリースした故ポップ・スモークの遺作『フェイス』にも収録されている「Tell the Vision」など、一部分をカット・編集された(と思われる)短編曲もあるが、それらが意図的なものなのか、レーベルによる意向なのかは不明。

 上記の他、ほぼ全曲に人気アーティストがゲストとして参加。制作陣には、過去の作品でもお馴染みのマイク・ディーン、ルイス・ベル、ボーイ・ワンダ、キュービーツ、スウィズ・ビーツ、DJカリル等がクレジットされている。

 アルバム・タイトルは、言うまでもなく2007年に逝去したカニエの母ドンダ・ウェストの名前を冠したもの。テーマに付随したエモーショナルな歌詞のみならず、生前に残された彼女の肉声を起用した曲もある。タイトル曲「Donda」は、少し早口なドンダの口調がラップのように聴こえるクリスチャン・バラードで、曲とメッセージを彩るべくジャズ・ミュージシャンのトニー・ウィリアムスとサンデー・サービス・クワイア、「MUSYCA」という少年合唱団がバックを支えている。

 ドンダの力強いメッセージで始まる「Praise God」は、タイトルが示す神への賛美歌。コーラスにはトラヴィス・スコットが、後半のヴァースにはケンドリック・ラマーの従兄弟でもあるベイビー・キームがラップを務めている。オープニング曲「Donda Chant」にドンダ自身のパートは起用されていないが、R&Bシンガーのシリーナ・ジョンソンがリズムを刻むように「ドンダ」だけを連呼し、亡き母の存在意義をアプローチした。

 本作には、ローリン・ヒルのNo.1ヒット「Doo Wop (That Thing)」(1998年)をサンプリングした「Believe What I Say」という曲があるが、個人的には母ドンダの声質・話し方がローリンのラップと重なり、それも起用した理由だったのではないか……?と錯覚した。この曲は、ジャマイカのレゲエ・シンガー=ブジュ・バントンとデム・ジョインツが参加したカリビアンな雰囲気のダンス・ポップで、ドレイクの「One Dance」(2016年)をどこか彷彿させる。カニエの作風にはそぐわないというネガティブな意見もあるが、試みは興味深い。

 ドレイクといえば、2018年に勃発したビーフが収束にも向かっていたのもつかの間、リリース前週にトリッピー・レッドとコラボした「Betrayal」という曲で(遠まわしに)カニエをディスり、それに怒り心頭したカニエがドレイクの自宅をリークするという冷戦が再び勃発したばかり。また、本作を突如発売したのも翌週にドレイクが新作『Certified Lover Boy』をリリースすると告知した直後だったため「打ち負かすため」の戦略との見解もある。これら一連が全てがお互いのプロモーションなら、それはそれで凄いハナシ……だが。

 サンプリング(ネタ曲)では、 故アンドレ・クロウチの「It Won't Be Long」を使用した「God Breathed」と、ジェニファー・ロペスの「Jenny from the Block」(2002年)ネタでも有名な20th センチュリー・スティール・バンドの「Heaven and Hell is on Earth」(1975年)をオープニング&タイトルに起用した「Heaven and Hell」も傑作。前者は、硬派なヒップホップと神の息吹を備えた聖歌のような雰囲気をブレンドした曲で、ラッパー/シンガーのヴォリーがゲストとしてクレジットされている。

 ヴォリーは、リル・ダークも参加した滑らかなコーラスと不協和音が重なるドリーミーな「Jonah」と、ブッシュ政権時代に成立したタイトルの「どの子も置き去りにしない法」についての言及曲「No Child Left Behind」にもフィーチャーされている。

 ラップ曲では、プレイボーイ・カルティとファヴィオ・フォーリンの畳みかけるラップ~低音が強烈なトラップ「Off the Grid」、昨年事故で死去したNBAのスーパースター=コービー・ブライアントを追悼したクリスチャン・ラップ「24」、コンウェイ・ザ・マシーン、ウエストサイド・ガン、ロイス・ダ・ファイブ・ナインが参加した初期の作風を彷彿させる「Keep My Spirit Alive」が、歌モノでは、リル・ベイビーとザ・ウィークエンド特有の浮遊感あるコーラスが映えるオルタナティブR&Bテイストの「Hurricane」、ゲストのドン・トリヴァーのために書いた、穏やかな旋律と浮かび上がるような軽さのコーラスによるキッド・カディとのトリプル・コラボレーション「Moon」、クリス・ブラウンをボーカルに起用した「Flashing Lights」(2007年)路線のエレクトロニックR&B「New Again」、ヤング・サグが参加した カニエらしいメロディ・ラインのミディアム 「Remote Control」がある。

 ゲスト不在の曲では、ラップとボーカルを両立した「Lord I Need You」と、フューチャー・ノスタルジアな「Come to Life」の2曲があり、いずれも家族と神への感謝を歌っている。家族といえば、本作のリスニング・パーティーに登場したキム・カーダシアンとの復縁説も浮上しているが、これらの曲からもその後の関係性は良好とみてよさそう(?)。それより、上下赤のレザーにベージュのシースルー・マスクを纏ったその独特過ぎるファッションには驚かされた……。

 キムとの関係性やドレイクとのビーフ諸々、何をやるにも「人騒がせなカニエ・ウェスト」は相も変わらずだが、サウンド・センスにおいても衰えは感じられない。先日は、ステージ・ネームとして使用しているイェ(Ye)に改名するため裁判所に申請したことも話題を呼んだが、自身の言動ひとつひとつが注目されることを逆手に、プロモーションに繋げてしまう商売上手な敏腕っぷりにも感服する。

 本作『ドンダ』は、米ビルボード・アルバム・チャート“Billboard 200”で首位を獲得したゴスペル・アルバム『ジーザス・イズ・キング』以来約2年ぶり、通算10作目のスタジオ・アルバム。同チャートでは、最高2位を記録したデビュー・アルバム『ザ・カレッジ・ドロップアウト』(2004年)を除く、2nd『レイト・レジストレーション』(2005年)以降8枚のスタジオ・アルバムがすべて1位を獲得していて、その連続記録にも期待が寄せられている。

 ストリーミング解禁後、Spotifyではオリヴィア・ロドリゴの『サワー』を抜き、2021年に「24時間で最もストリーミングされたアルバム」の新記録を樹立した『Donda』。おそらくNo.1デビューは間違いなさそうだ。