落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は「MVP」。
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今季のMVP。私の脳内審査員全員満票で若手噺家の林家やま彦くんに決定しました。推定身長150センチ。ジャガイモにシジミのような目が二つ、団子っ鼻に常に口をとんがらせた可愛い風貌。口煩い落語界において、やることなすこと「やま彦なら仕方ない」と思わせてしまう凄腕だ。字を知らない。一度、楽屋のネタ帳に「粗忽の使者」を「粗骨の死者」と書き、「カルシウムは大切だな」と思わせてくれた。ありがとう、やま彦。
先日、寄席の楽屋で「かぼちゃ屋」の稽古を頼まれた。「俺でいいの?」「はい! 是非! うちの(林家彦いち)師匠が『一之輔のとこに稽古に行け』と」「へー、ホントかよ?(半笑い)」「ハイ、ホントです。うちの師匠もけっこう思いつきで言うもんで(笑)」「(笑ってるよ)思いつき?(笑)」「ハイ! お願いいたしやす!」。楽屋一同爆笑。なぜか語尾が『いたしやす』になってしまったやま彦くんに、後日稽古をつけた。落語の稽古は一対一で師匠が一席喋って、それを覚えて師匠に聞いてもらう。
私の「かぼちゃ屋」が終わって「ありがとうございました!」とやま彦。私「質問ある?」やま彦「う~ん。まぁ、とくに、問題はなかったと思います!」……やま彦師匠から「OK」が出た。思わず御礼を言いそうになった。「俺が稽古つけてもらったみたいじゃねえか!?」「いや、そんなコトはありません」。知ってるよ! 『そんなコト』あるか!
「お稽古の御礼です」。小さな包みをくれたやま彦。「なに?」「開けてみて!」。なぜかタメ口。俺はお前の彼女か? スヌーピーのメガネケースが出てきた。「お好きだと聞きまして!」「俺が? スヌーピーを?」「はい!」「言ったかな……嫌いじゃないけどさ……」。やま彦がゼロの表情になり、つぶやいた。「あ……三朝師匠だったかもしれない……」。スヌーピー好きな私の弟弟子と勘違いした様子。「良かったら三朝師匠に……」「なんでだよ! 意地でも俺が使うよ!!」