田原総一朗・ジャーナリスト
田原総一朗・ジャーナリスト
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 ジャーナリストの田原総一朗氏は、昔と今の生きづらさの違いについて論じる。

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 あまりマスメディアでは大きく報じないが、深刻な問題が起きている。昨年、日本で自殺者数が増加に転じたのだ。しかも、若い世代、そして女性の自殺が増えている。

 マスメディアが大きく報じないのは、マスメディアが報じることで自殺者が増える、つまり、「ウェルテル効果」が起きるからだという。ウェルテルとは、文豪ゲーテの名作『若きウェルテルの悩み』の主人公のことだが、ウェルテルはかなわぬ恋に絶望して自殺してしまう。この小説が出版されると、ウェルテルを模倣して自殺する若者たちが急増したというのである。

 だから、著名人の自殺報道によって、自殺者が増える現象がウェルテル効果と呼ばれている。昨年、俳優の三浦春馬氏らの自殺が報じられると、連鎖的に自殺する若者が続いたということだ。

 コロナ禍も背景にあると思われるが、なぜ若い世代や女性の自殺が増加しているのか。

 10月31日に京王線の特急電車内で、24歳の男が乗客の一人に切りつけ、車内に火を放つという事件が起きた。

 男は、人を殺して死刑になりたかったと自供しているようだ。決して許されることではないが、自供を聞く限り、生きづらくて生きているのが嫌になったのだろうか。

 若い世代の自殺者が増加しているのは、現在の日本が若い世代にとって生きづらいということなのだろう。だが、生きづらいとはどういうことなのか。

 私が若かった時代は、日本は貧しく、生きていくのが大変であった。私の父親は戦争に振り回された。わが家は生活が苦しく、さまざまな家具類、最後には仏壇まで売る羽目になった。だから私は、子どものころから何とかして親たちを助けなければならないと強く思い、高校時代から家庭教師や新聞配達をして、お金を家に入れていた。

 そして、私は小説家になりたいと思っていて、実家の滋賀県彦根市から上京して、早稲田大学の文学部に入ることにした。伯母の家に下宿し、東京での生活費はもちろん、実家に毎月2千円の仕送りをすることを前提にして、それを実行した。日本交通公社(現JTB)の入社試験を受けて社員となり、さらに家庭教師をして金を稼いだのである。

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