エリザベス女王の妹、マーガレット王女とのロマンスで知られ、映画「ローマの休日」のモデルといわれるピーター・タウンゼンド大佐。英空軍を経て作家となった彼は1978年、長崎で被爆した谷口稜曄(すみてる)に出会い、本を書いた──。連載「シネマ×SDGs」の15回目は、娘が父の足跡を訪ねる「長崎の郵便配達」のイザベル・タウンゼンド監督に話を聞いた。
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父は1978年に長崎を訪れて、原爆を体験した子どもたちに話を聞きました。そのときに出会ったのが谷口さんです。16歳だった谷口さんは郵便配達中に被爆し、背中に大やけどを負いました。自身の経験を世界に向けて語り、核廃絶と平和を訴えていました。父は谷口さんを取材し、84年に『ナガサキの郵便配達』を出版しました。私が23歳のころです。
父の本は読んでいましたが、父は谷口さんについて多くは語らず、95年に亡くなりました。2016年に川瀬美香監督から連絡をもらい、父の書斎を案内したのです。その瞬間このドキュメンタリーを2人で作り上げようと決意しました。
10代のころ父と深い話をした記憶はあまりありません。でも今回、父の遺品のなかから取材用のカセットテープを見つけました。父の考えが父の声で記録されていたんです。父が亡くなる数年前まで谷口さんと手紙を交わしていたこともわかり、二人の絆の深さを改めて知りました。長崎への旅は私にとって平和についての旅であり、父を知る旅にもなりました。
父と谷口さんを結びつけていたものは「生き残った者としての使命」だと思います。父は英軍パイロットとして人を殺した経験があります。「ドイツの戦闘機が目の前にあり自分が殺されるか、相手を殺すかの決断を迫られた」と父が話してくれたことがあります。だからこそ父は晩年、平和主義者となり犠牲者たちをサポートすることで、自分が受けた苦悩を浄化させようとした。父と谷口さんは同じ傷を持ち、ともに平和に対する使命を共有したのだと思います。
いま私は学校での演劇ワークショップなどを通じて若い世代に平和の大切さを知らせています。年を重ねるにつれて自分のなかに父の姿を見るような気がしています。(取材/文・中村千晶)
※AERA 2022年8月8日号