経済学者で同志社大学大学院教授の浜矩子さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、経済学的視点で切り込みます。
* * *
昨年5月3-10日号の本欄で、ビートルズ作品の「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」を取り上げた(「今度はバック・イン・ザ・どこ? ウクライナとジョージアの命運」)。あの時も書いたが、この歌には次のくだりがある。「ウクライナ娘にゃノックアウトされるぜ、西側娘は目じゃないね」(筆者訳)。この作品が出た1968年時点で、ウクライナは旧ソ連邦の一部であった。
そして今、ロシアのプーチン大統領が再びウクライナをのみ込もうとしている。のみ込むというよりは、もみ消すといった方がいいだろう。ウクライナという国を21世紀の世界地図上から抹殺する。彼は、それを自分の使命だと心得ているようだ。
人類は、進化の過程でこのような蛮行と暴挙を歴史の向こう側に置き去ってきたものと思っていた。静かに平和に独立を守ってきた人々に対して、いきなり攻撃をしかける。でっち上げの理由で「自衛戦」に打って出る。この人の頭の中では、一体、どんな狂気の論理が蠢(うごめ)いているのだろう。どんな狂った回路が作動しているのだろう。
民族自決の確立とその維持。そのためのウクライナ人たちの戦いには、長い歴史がある。その英雄的闘争が、創作活動に携わる人々の想像力をかき立てる。「バック・イン・ザ・U.S.S.R.」の歌詞は、あらかたポール・マッカートニーが書いたらしい。ポールもまた、激動のウクライナ史に思いを寄せたのか。
歌詞からすれば、単に、美女ランドとして勇名を馳(は)せるウクライナの娘たちに目を奪われただけかと思わないでもない。だが、彼もまた偉大なるアーティストだ。ウクライナ人としての自我をもちながら、「イン・ザ・U.S.S.R.」でなければいけない人々の憂いに、きっと魂の琴線がかき鳴らされたに違いない。
SF小説界の怪人、マイケル・ムアコックも、ウクライナへの熱き思いを抱いている。彼の大作“Byzantium Endures”(不滅のビザンティウム)のヒーローは、キエフ生まれの浪漫派だ。
今この時、地球上の我々全てが、ウクライナに心惹かれていなければいけない。我が心のウクライナ。不滅のウクライナであり続けますように。
浜矩子(はま・のりこ)/1952年東京都生まれ。一橋大学経済学部卒業。前職は三菱総合研究所主席研究員。1990年から98年まで同社初代英国駐在員事務所長としてロンドン勤務。現在は同志社大学大学院教授で、経済動向に関するコメンテイターとして内外メディアに執筆や出演
※AERA 2022年3月14日号