「ICC規程には『上官責任』についての規定があります。命じていれば当然ですが、命じていなくても『行為が行われていることを知りながら、あるいは知っていて当然の状況にありながら』『自らの権限の範囲内にある措置によって、その犯罪の実行を防止、あるいは抑止しなかった場合』にも、命じた場合と同様の責任が生じてきます」

 しかしこの先、実際にプーチンがICCに引き渡され、裁判に出廷する状況になることは考えにくいと、浅田教授は見る。

「プーチンに逮捕状を出すまでは可能でしょう。ただ執行、つまり拘束できるかどうか。プーチンがロシア国内にいれば主権の壁があり、捜査官がロシアに行って拘束することはできません。国外に出た場合はどうか。ICC規程では締約国に対し『捜査・訴追に協力する義務がある』としています。締約国にはプーチンが入国したら拘束してICCに引き渡す義務がある。ただ実際は政治的考慮から、この義務を守らない国が多いです」

「03年、約30万人の民間人が犠牲となったスーダンの『ダルフール紛争』では、当時のバシル大統領にICCが逮捕状を出しましたが、その後バシルがアフリカ諸国に外遊しても拘束した国はない。ましてや今回は相手が大国ロシアです。加えて、ICCに欠席裁判の制度がないことも『逮捕状止まり』になる可能性が高い要因です」

あさだ・まさひこ/1958年生まれ。京都大学名誉教授。専門は国際法。2023年から国連国際法委員会委員を務める(本人提供)
あさだ・まさひこ/1958年生まれ。京都大学名誉教授。専門は国際法。2023年から国連国際法委員会委員を務める(本人提供)

■賛成以外は100カ国

 それでも「プーチンに逮捕状を出す」ことに意義はあると、浅田教授は言う。国連総会は4月7日、人権理事会におけるロシアの資格を停止する決議を93カ国の賛成で採択した。

「93という数字は多いようにも思えます。ただ、反対24、棄権58、無投票は18。足すと100。つまり『賛成していないほう』が多いんです。今回の戦争に関してロシアへの非難を躊躇(ちゅうちょ)する国や人は、ロシア国外にもいる。そんな状況だからこそ、第三者の司法機関であるICCが公正公平な捜査を行って逮捕状を出し、『ロシアの行為は21世紀の社会において許されるものではない』というメッセージを明確に示すことが重要です。国際社会における最低限の法の支配は守られ、貫徹されなければなりません」

(構成/編集部・小長光哲郎)

※AERA 2022年4月25日号より抜粋

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小長光哲郎

小長光哲郎

ライター/AERA編集部 1966年、福岡県北九州市生まれ。月刊誌などの編集者を経て、2019年よりAERA編集部

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