東京・九段下の老舗ホテル「ホテルグランドパレス」が6月30日に閉館し、その歴史に幕を閉じた。
同ホテルは靖国神社や日本武道館、皇居にも程近く、各国のVIPにも利用されてきた。
ボクシングの世界戦の調印式やプロ野球のドラフト会議の会場としても有名で、1978年11月に起こった「江川事件」のドラフト会議もここで行われた。
国際的な事件の舞台にもなった。1973年8月に起こった「金大中事件」である。のちに韓国大統領に就任する金大中氏が韓国中央情報部(KCIA)の部員らによって、このホテルで拉致されるというショッキングな事件だった。
多くの人びとの記憶に刻まれているこの名門ホテルも、新型コロナウイルス感染拡大で大打撃を受けた。2020年度の売り上げは前年比7割減という壊滅的な数字となり、施設の老朽化もあって、事業継続を断念。49年の歴史に幕を閉じることが決まった。
「今後についてはまったくの白紙です。建物を取り壊すかどうかさえ決まっていません」(総務課担当者)
■金大中事件の足跡を追う
筆者はグランドパレスが閉館する直前の6月27~28日に金大中氏が拉致された客室に泊まることができた。歴史的事件の現場として客室の様子を目に焼き付けるとともに、金大中氏がどういうルートでグランドパレスを訪れ、連れ去られたのか、その足取りを追ってみることにした。
最初に訪れたのは、日本での金大中支持者が拠点として借り上げていた東京・高田馬場の事務所「旧原田マンション」である。高田馬場駅から早稲田通りを歩いて5分ほどの地点にある。ここは朴正煕大統領(当時)の独裁政治に反対する団体の事務所で、金大中氏も日本での拠点として使っていた。
すでにビルの名前は変わっていた。事件当時存在していた太陽銀行はなく、レンタルビデオ店に代わっていた。事務所があった11階にエレベーターでのぼって降り立つと、天井の低い古びた廊下が広がっていた。